■取引 a senior citizen■
取引は南側の広場で夜の11時と言われていたので、兵部も真木も取引場所が見える位置に隠れ潜んでいる。
何故か取引には女性一人でと指定されたため、紅葉が街頭のすぐ脇にアタッシュケースを小脇に抱えたまま取引相手が現れるのを待っている。真木たちとは位置こそ違えど葉も広場を見渡せるどこかに隠れているはずだった。
(聞こえる?葉)
(感度良好。桃のやつ頑張ってくれてるよ)
(桃ジャナイ!桃太郎ダ!)
(わかった、わかったからテレパシーでがなり散らさないでくれ、桃太郎)
テレパスでの通話を終えてみると真木が不思議そうに覗き込んできた。
「どうかしましたか?なにやら楽しそうでしたが」
「葉に預けた桃太郎がちゃんと中継役してくれてるかどうかテレパスで確認してたんだよ」
なるほど、と頷きながら真木が広場に目線を遣ると、横顔が強張る。
「――来ました」
今日の相手は武器商人だ。兵部が重火器の類を激しく嫌うので極力そういった武器は使わないようにしているが、それでも紛争地帯での仕事などが重なれば、弾薬の類はどうしても必要になる。今日接触するのは日本国内でそういった弾薬類を調達してくれる数少ないディーラーだった。
現れたのは小柄な男性だ。よく見ると小柄に見えたのは男性が腰を折った姿勢で荷物を重そうに抱えているからで、その理由は真っ白で薄い頭髪を見たら一目で理由が分かった。
「なるほど、老人か。だからこちらからも非力な女性を指定してきたんだな。――船で一番怪力だけどね」
こちらからの発注が急だったため、相手の組織も忙しいのかもしれない。
「おたくさんが、“パンドラ”さんかい?」
「そうよ」
「金を見せてくれ」
紅葉は慣れたもので、すぐにアタッシュケースを開いて中の札束を老人に示す。
「――たしかに」
ざっと紅葉のアタッシュケースの金を数えた老人が、自分の持っているほうのケースを開き紅葉に確認を促した。
「ひい、ふう、の――」
紅葉が弾薬ケースを指さしながら中身を確認する。確認を終えてから指を小さく鳴らして兵部に合図を送ってきた。
(全部あります、少佐)
(わかった、じゃあそのまま取引を終えてくれ)
「――確認したわ。取引成立ね」
紅葉がアタッシュケースを手放すと、老人も同様に弾薬の入ったケースを手放し、互いに相手の持ってきたものを手に取る。
(葉、何か変わったことは?)
(特にないよ)
ケースの重さを確かめるようにしていた老人が、紅葉に声をかける。
「おたくさん、若いね」
「貴方は若くないわね」
「年を取ると、もうこんな仕事しかなくなる。若い者が羨ましい」
「……」
紅葉の沈黙の理由が真木にも分かる気がした。なにしろ目の前には80を越えた老人が自称17歳の姿で立っている。
そのまま老人が街頭の光の円から外れて歩み去っていくと、紅葉が小さく息を吐く。次いで葉も緊張の糸を解くのがテレパシーで伝わってきた。
と、ふいに真木に肩を抱かれる。
「!?」
驚いて振り返るが、兵部の髪に顔を埋める真木の震える睫がかろうじて見えるだけだ。しかたないので心を読んで、その意味を知る。
「馬鹿だなあ。僕はあんな風にどこかに消え去ったりしないよ」
「……老兵は去りゆくのみと言いますから」
いつか魔法のように兵部の姿が本来の年齢に戻って、そのままどこかへ去ってしまう――そんな懸念を抱いたらしい。
兵部としてみれば、今の姿は嫌いじゃないし、何より役割を果たさずしてどこへ行けるというのか。
「ロートルがみんなそうだとは限らないだろう。なにより僕はまだまだ現役だ」
「わかってます――それでも、貴方を失うと想像しただけでも耐えられない」
真木は兵部の日常を誰より近くで見知っている。薬を飲んでいることも、時々身体の調子が悪くなることも。
(ジジイ、もう帰っていいか?)
「葉から連絡が来た。――真木」
優しく名前を呼ばれて、真木が兵部の身体を離す。
(おい、ジジイ!)
「真木、葉、紅葉、撤収だ」
(了解)
(わかった)
(俺ニモ感謝シロヨ!)
「わかりました」
背筋を伸ばして立ち上がった真木の姿からは、もう先刻のような気弱なものは見あたらない。
それでも、兵部にしがみつくように肩を抱かれた感触は、しばらく兵部の身体に残りそうだった。
<終>
-----
お題:「夜の公園」で登場人物が「抱きしめる」、「桃」という単語を使ったお話を考えて下さい。
「桃」と言われて桃太郎が浮かんでみたりみなかったり。
拍手ありがとうございます。励みになります!