■危機管理 kitchen■
キッチンは戦場である。武器もあれば火気もある。
おかげで真木にはキッチンに入るたびに安全確認をする癖がついてしまっている。何か変わったことはないか。包丁などは所定の位置にあるか。元栓は閉まっているか。後ろからどつかれるようなことがないか。
ドン!
肩に加えられた衝撃で真木はバランスを崩して作業台に手を突く。
「や、真木さん」
「……葉……」
どつかれた。しかも力いっぱい。足音はしなかったので油断していた。
「何か用か、葉」
「なけりゃ来ちゃいけねーのかよ」
「チンピラか、お前は」
絶妙のいちゃもんのつけ具合に真木が眉間に皺を寄せる。葉のほうはどこ吹く風だ。
「ちょっと、誰のせいで俺が朝食当番になったと思ってんだよ」
「……それはすまなかった」
今朝は本来は真木の当番であり、前夜から仕込みはしていたものの、色々あって寝過ごしてしまった。起きてはいたが放してもらえなかった、と言うべきか。
「あとで埋め合わせはする」
「ほんと?ラッキー。さすが朝っぱらから愛し合ってきた人は言うことが大きいわー」
「ごほっ!」
思わず咳き込んでしまった。それはとりもなおさず、葉の言うことを肯定することと同義であって。
「いや、それはその、な、なんというか……」
「あー、いーのいーの、変な言い訳とかしなくても。でもさぁ」
と、葉がずいっと懐近くまで入り込んで、真木の髪の毛を一房手に取ると、そこから何かを引っ張り出す。
それは真木の癖の強い黒い髪とは正反対の、細く、男性にしては少し長い銀色の一本の髪の毛だった。
「こんな証拠つけてると、誰と一緒だったのか、バレバレだよ?気をつけたら?」
「そ、そうだな、以後気をつける。じゃあ俺はちょっと身だしなみを整えに部屋に……」
わたわたとその場を去ろうとした真木が、再度豪快につんのめってドアに激突した。
「よ、葉っ!」
ドアの傍に立っていた葉が真木の足を引っかけたのだ。
額を抑えながらエキサイトする真木に、葉はことさら明るく微笑んでみせる。
「朝からそんなに髪の毛逆立ててたら若い子達にもバレちゃうよ~?せめて髪に櫛通してきたら?」
そもそも普段の真木だったら葉のその程度の悪戯などすぐに看破している。それだけ動揺してしまっている自分に責任があると分かっていても、真木はつい捨て台詞じみたものを口にしてしまう。
「……覚えてろよ」
「そっちこそ。今日の朝食のぶんの埋め合わせ、忘れないでよ?」
ニヤニヤと笑いを絶やさない葉を残して、真木が自室へと戻る。
「真木さん、戻っちゃったよ」
時計を見ると、もうすぐ昼だ。本来なら葉が当番だったが、今朝のぶんと交代だとしたら真木の当番のはずだが、あの様子だとすっかり忘れているに違いない。
「……ま、いっか。いざとなったらピザでも取ればいいしな」
勿論配達ではなくピザ屋まで取りに行く労力は必要だが、朝のぶんに続いて昼のぶんまでサービスするのはさすがに面倒くさい。
「あれ?そういえば、中華のデリバリーが出来たって広告入ってたな」
そう言って、葉はリビングへとクーポン券付きのチラシを探しに行く。
ぱたぱたと足音をたてて葉が去り、人のいなくなったキッチンで、包丁は包丁置き場に仕舞われ、ガスの元栓はしっかりと締められて、昼の日差しだけがきらやかに残っていた。
<終>
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お題:「昼のキッチン」で登場人物が「愛し合う」、「足音」という単語を使ったお話を考えて下さい。
もう少しでエロに突入しそうなお題ですが踏みとどまりました。期待させてたらごめんなさいよ~
そのうち葉真木とかも書いてみたいとか言ったら自分で自分の首を絞めることになりそうなので、やっぱり言わなかったことにしておいてください。
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