■チョコ禁止令 bite■
まだ人が起き出してくるには少し早い時間なのに、遠くから兵部の声が聞こえる。
「桃ー、桃太郎ー。出ておいで、桃太郎」
兵部が読んでいるのはモモンガの桃太郎のことだろう。廊下の交差する場所で真木と兵部が出会う。
「桃太郎がどうかしたので?」
「いや、今朝君が僕の部屋から帰った後も戻ってこないんだ。いつもなら君がいなくなったらじきに戻るんだけど」
「桃太郎でしたら」
『ココニイルゼ!』
にゅ、と真木の髪の毛から桃太郎が這いだしてくる。
「なんだ、そんなところにいたのか、桃太郎」
「今朝少佐の部屋を出てすぐに潜り込まれたんですよ」
『イイ朝ダナキョースケ!コイツノ髪ハイイ巣材ニナルゼ』
「巣って……」
「ちょっと、そんな所に巣作りしないでくれよ?ほら君の好きなチョコレートだよ」
兵部の手にはプレッツェルにチョコのかかったお菓子が握られている。
『ワーイ、ちょこれーとダ!』
「ちょっと待ってください、少佐も桃太郎も」
一人と一匹の会話に真木が割り込む。
「チョコレートは齧歯類の身体に良くないですよ。ひまわりの種以上の動物性油脂を使ってます」
「だって桃太郎が……」
『食ベタイものヲ我慢シテ生キテナニガ楽シイノサ』
「……って。ねー」
『ネー』
「ねー、じゃありません。桃太郎も!」
二人そろえて小首を傾げたところに真木の叱責が降る。
「プレッツェル部分には食塩も使ってますし、桃太郎くらい身体が小さいと少しの量でも摂りすぎは命に関わるんですから」
「……妙に詳しいね、真木」
「勉強しましたから」
兵部がモモンガを連れてきたところで真木は小動物の飼い方の本を買った。なのに兵部といったらまるで放任で、桃太郎もそれをいいことに好き放題だ。
今もふわふわと兵部のほうに飛んでいこうとする桃太郎の脇の下の皮を引っ張りながら、鼻先に持ってくる。
「とにかく、脂溶性の下痢になりたくなかったらチョコは禁止。わかったな?」
『真木ノバカ!』
「いたっ!」
その時真木の親指に桃太郎が遠慮無く噛み付いた。咄嗟に手を放してしまうが、桃太郎の身体は地に落ちることなく兵部の肩の上へと軽々と渡った。
「真木も桃太郎も仲良くしろよ。ああもう、血が出てる、真木」
兵部はさっきまで桃太郎を捕まえていた真木の腕を取ると、親指を見て顔をしかめながら血を舐め取る。
「しょ、少佐」
こんな早朝の、誰が起きてくるともわからない場所で……と言いたかったが、桃太郎の視線が急に気恥ずかしくなり下を向く。
あとはもう黙ってしまうしかない。兵部は平気な貌で口から指を出すと。
「ああ、血はすぐに止まったね。でもどんな菌が入っているか分からないから、ちゃんと消毒するんだよ?」
「少佐こそ、どんな細菌が着いてるか定かではないものを口にするなんて、危険ですよ」
『待テーイ!ナンダヨ、ヒトノコトヲ保菌者ミタイナ言イ方シヤガッテ!』
「モモンガは大丈夫でも人間には大丈夫じゃない菌が潜んでいるかもしれないからね、見逃してくれよ桃太郎」
苦笑する兵部はサイコメトリで変な菌などは潜んでいないことを知っていたのだが、あえてそれは言わないでおいた。真木を独占された意趣返し、などではないと思う、多分。
「ありがとうございます、少佐」
「うん、じゃあまた朝食の時にね、真木」
背中で手を振る兵部の肩にはぎゃあぎゃあと騒ぐ桃太郎が乗っていて。
いつもと変わらない、けれどかけがえのない一日の始まりを、真木は実感していた。――親指の痛みと、そこに残る兵部の舌の感触とともに。
<終>
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「早朝の廊下」で登場人物が「噛み付く」、「チョコレート」という単語を使ったお話を考えて下さい。
たまには桃太郎を書かなければという気分になったのでした。原作では少佐とよく一緒にいますが、真木さんとアレな時は退散してもらっている分出番が少ないので補間!
ハムスターにクルミを好き放題食べさせて脂溶性の下痢をさせてしまったのを今でも反省していたりします(結局ことなきを得ましたが)
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