■魔法のベランダ Veranda■
気が付くといつもベランダにいた。
船の甲板にいるよりも、部屋の窓を開け放ってベランダに出るほうが好きだった。これは船ではなくアジトを転々としていた頃から、いやさらにそれよりも前からの紅葉の癖だった。
部屋の窓を最大限に開けてベランダに居座ると、不思議と落ち着くことができた。
「紅葉」
遠くから誰かが自分を呼んでいる。遠く、とはいっても部屋の入り口の向こう側から聞こえてきている。
「どうぞ、入っていいわよ」
肩越しに声を投げかけると、三つの影が部屋に入ってくる。兵部に真木、そして葉の三人だ。
「まーたベランダにいる」
「紅葉は本当にベランダが好きだな」
葉と真木が笑いながら語りかけてくるから、紅葉は振り向いて笑う。
「そうよ、いけない?」
ベランダの手すりに身体をもたれかけてそう告げると、三人がそれぞれに苦笑する。
「風が冷たくはないのかい?」
「大丈夫よ。魔法使いさんのおかげでね」
「魔法使い?」
兵部が怪訝な顔をする。その魔法使いとは間違いなく兵部その人なのだが。
「昔教えてくれた魔法使いさんがいるの。寂しいときは夜の空を見て、星に好きな人の名前をつけなさいって。そしたら夜になったらいつでも会えるから、昼間も見守ってくれているからってね。そんなことを思い出していたら、あっという間に夜が明けちゃってたわ」
「気の利く魔法使いもいたものだね。でも夜が明けるまでずっと外の風を当たり続けるのはあまり身体にいいとは言えないよ?」
かつて保護者だった魔法使いはそうやって今でも紅葉のことを気遣う。優しくて、時に優しさゆえに嘘つきにもなる魔法使い。
「そうね、以後気を付けるわ」
ベランダの手すりから身体を引き起こして、部屋の中へと戻ろうとして、少しだけ惜しい気分になる。
この敷居を越えてしまったら魔法は解ける。時刻は朝の七時。真木はともかくとして葉や兵部が起きてくるには早すぎる時間である。明らかに何か問題が起きたのだろうことは予測できる。だから少しだけ、逃避していたかったけれど。
「逃げてばかりもいられないわね」
誰にも聞こえないように独り言を呟くと、窓を越えて室内へと戻る。魔法がとけていく。
「三人とも座って。――何かあったの?」
紅葉に促されてソファに座った三人だったが、残りの二人の目線を受けて真木が難しい顔をして身体を乗り出してきた。
「実は――」
真木の報告を聞きながら、ちらりと紅葉はベランダに視線を流す。
大丈夫、またあの窓を越えてベランダへ行けば、魔法使いのかけてくれた優しい魔法が待っている。
いつでも、待っているから。
<終>
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お題:「早朝のベランダ」で登場人物が「思い出す」、「魔法」という単語を使ったお話を考えて下さい。
何故か高野寛の「流星のサドル」が頭から離れません(年齢がわかる・・・)。その状態でSS書いたらこういう感じになりました。不思議ですねー。 目指したのはリリカル紅葉、成功していたらいいなあ。
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