■レース race■
舗装の上を歩く三人の足取りは重い。
とはいえ、悪いことがあったのではない。むしろその反対。先日来の仕事空いてであるとある団体との連絡のすれ違いにより、今朝早くに幹部全員が起き出して総出で処理に当たることになった。紅葉が連絡役になり三人バラバラに対処していたのが昼間、夕刻になって事態は収拾してきて現在夜八時、ようやく終息した。
それでも足取りが重くなるのは精神的に疲れているからだろう。
「紅葉、なんか旨いもん作って待っててくれないかなー」
葉が呟くと真木が首を横に振る。
「見方によっては紅葉が一番微調整に働いていたからな、そんな余裕はないだろう。というか、さっきカフェで食べたばかりだろうが」
「スコーンだろ?飯のうちに入らねーよ!」
「まぁ昼食もゆっくり取れなかったし、どこか寄っていくかい?」
兵部の提案に葉がガッツポーズを作り、真木が重々しく頷く。
「じゃあどこがいい?葉、君が決めて」
「えー俺?じゃあ、そうだなー」
ちょうど近くにあったフードコートや食品店街の看板を見て葉がぶつぶつと呟いていたが、ずっと下の方に視線を落とすと、ぱぁ、と顔を輝かせた。
「俺、ここ行きたい!」
「ここって……映画館じゃないか」
「うん、映画見たい!!」
これには真木と兵部が目を見合わせた。一拍置いて、兵部と真木が同時に苦笑する。
「腹が減ったんじゃなかったのか」
「君に任せると面白い選択になるねえ」
「映画館ったってハンバーガーくらいならあるだろ。ほらほら、ちょうど9時から上映だぜ。行こう!」
呆れかえった二人の言葉には応じずに、葉は二人の手を取ると映画館に向けて早足で歩き出した。
映画は最近よくリバイバルされている海外のヒーローもので、正直「正義の味方」というものに嫌悪感を表す事の多い兵部がいつ怒りだすかと真木はハラハラしていたが、そんな心配は杞憂に終わった。兵部は始まるとほぼ同時に寝ていたからだ。最も真木がその事実に気付いたのがクライマックスシーンで涙が零れてしまいそうになり、慌てて隣に座った兵部の様子をうかがった時だったが。さらにその隣の言い出しっぺである葉はポップコーンをつまみながら足を組んだやる気のなさそうなポーズで、映画が面白くないのか疲れているのかは判断の難しいところだった。
一人興奮ぎみにヒロインについて語る葉と一言の感想もない兵部、二人の意見を聞きながら好意的な感想を述べる真木の三人が映画館から外に出ると、入った時よりも空気が冷たい。
「雨が降りそうですね」
真木が兵部に声をかけると、兵部はそうだね、と涼しげな顔で応え、葉は上を仰いで空を見上げた。
「待って下さい、傘を――」
「真木さん、位置についてー!」
「は?」
葉が突然声を張り上げたかと思うと走り出すポーズを取る。瞬時に理解した兵部もまた準備する。わけのわからない真木だけが置いてけぼりだ。
「駅まで、濡れる前にたどり着こう競争、よーい、ドン!」
「させるかっ!」
二人がほぼ同時に夜の街を走り出す。
「ったく……葉も少佐も……!」
一人取り残されそうになった真木が追いかけていくうちに、すぐにパラパラと小雨が降ってきた。
本格的に降り始める前に駅にたどり着ければいいが、と走る真木ともう二人の姿を、同様に早足で街をゆく人々は一瞥するだけで咎めるものは誰もいなかった。
<終>
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お題:「深夜の映画館」で登場人物が「見上げる」、「傘」という単語を使ったお話を考えて下さい。
この人達駅使うのかなと思わないでもないですがそんな悪の組織も悪くない。庶民的なの。電話連絡網だってちゃんと回すしね!
いつも拍手ありがとうございます~。
お返事