■遠い校舎 Schoolhouse■
下校時間をとうに過ぎた中学の門の前で、兵部はリムジンを降りて校舎を見上げた。その姿は着ているものこそ学生服だったが、髪の色が銀色で、あまりまっとうな学生には見えない。何より闇色をした瞳が、その容貌の年齢不詳さに拍車をかけていた。
永遠の少年。本人が望む限り兵部はこの姿のまま、老いることも、少年から青年へと変化することもない。
「どうかしたのですか、急に中学校に行きたい、などと」
同じドアから兵部に続いて出てきた真木が、質問を投げかける。
「文化祭の下見だよ」
「そんなことをしなくても、葉は連日の送り迎えでちゃんと学校の位置を把握してますよ」
「そーだよ、ジジイ」
運転席の窓を開けて顔を出した葉が二人の会話に茶々を入れる。
「ジジイはやめろ。僕はまだ17歳なんだぜ?」
おいおい、と真木と葉の二人が心のなかでツッコミを入れるのにも構わず、兵部はその手を校舎に向けて伸ばした。もしもここが舞台の上で、兵部が異性に対して跪いていたのなら、それは愛の告白のポーズに見えたかもしれない。
「少佐?」
真木が兵部を見ながら名を呼ぶと、その瞳は遙か彼方を見ているようだった。
「どうかしましたか」
「いや、遠いなぁって……思ってさ」
目の前にある校舎が、子供達の通う学び舎が、ひどく遠い。そう言っているようだった。
「大使館から一時間くらいで遠いとか言うなよ」
葉はわざと会話をすり替える。
「そりゃあ渋滞とかで遅くなるかもしれないけどさー、文化祭が終わらないうちにたどり着けばいいんだろ?」
「そんなはずがあるか」
真木の呆れ気味の叱咤に葉はぺろりと舌を出す。
二人とも、今度の作戦についてはもう兵部から聞いていた。
ブラック・ファントムの娘、洗脳役を務めたウィザード級超能力者との直接対決。しかもチルドレン始めバベルにも一般人にも決して気取られないように。容易な任務ではない。けれど今の兵部の胸を占めるのはその作戦についてではなさそうだった。
「この建物の中で、澪達もチルドレンもいろんな事を学んでるんだよね。そう思うと胸が熱いよ」
「……そうですね」
子供達は見違えるように成長している。真木自身は大使館の仕事が増えた分忙しくはなったが、今までにはない雰囲気が中学登校組から発せられていて、それがパンドラの中で新しい息吹となって巡りつつあるようにも思える時がある。
「戻りませんか、少佐」
真木は冷たい口調を作って兵部の思考を遮った。
「もういいでしょう」
「そうだよ、俺ももう帰りたい」
「……君たちには感傷というものがないのかな」
無い、とは言わない。けれど今は、兵部が余計な感傷に意識を取られることが、ひどく危うく思えた。そして葉もまた同様のことを感じているようで、窓から手を伸ばすと兵部の袖を引っ張る。
「なーなー、もう帰ろうぜ、うちに」
帰る場所がある。待っている人がいる。
兵部がそれを忘れてしまう前に。
「……そうだね、帰ろうか」
「それがいいと思います」
真木がリムジンの扉を開けると、兵部がなめらかな仕草でシートに座る。
目線があった葉に目配せすると、葉が頷く。大丈夫、まだこの人は戻る気がある。頷き返すと、真木もまたリムジンに乗り込んだ。
葉はハンドルを握ると、大使館への道を辿り始めた。
<終>
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題材[終わらない,青年,伸ばす,遥か彼方]童話風にやってみよう!
童話風、はちょっと無理がありました。まるで違う話になっちゃいそうで怖かったので、今回はパスということで普通のお話を(へたれ)
以前椎名先生がtwitterで真木アイコンで「少佐は自分のことを17歳と言う、正直おいおい、と思う」という旨の発言をしていたので、その「おいおい」が書きたかったのでしたー!
お返事