■足跡 footprint■
キッチンからダイニングに繋がる通路の傍らにうずくまる人影がある。
「あーもう駄目……」
葉はあくびをして眠気を飛ばそうとするが、一度腰を落ち着けてしまっては、そこが冷たく堅い床の上だとしても動ける気がしなかった。
「眠ーい……」
息を吐きながら呟くと、作業テーブルの脚に自分の足を取られて転んだ時のままの姿勢で瞼を閉じる。床の冷たさと固さが気持ちいい。けど幾分か堅すぎる。これなら、それほど寝過ぎることはないだろう。朝食の準備に間に合う時間に起きるに違いない。と楽観的に考えていたのだが――
「葉ー」
誰かに肩を揺さぶられ、声を掛けられて意識が戻ってくる。夢も見ない深い眠りから現実へ。
「……少佐?」
目の前にあったのは流麗な銀の髪に顔の縁を彩られた小さな頭に学生服姿の兵部の瞳だった。床に屈み込んで葉を揺すったらしい。
「なんてところで寝てるんだよ、君は」
「あー、昨夜カガリと対戦してたら、結局朝になってて……」
頭をかきながら起きあがる。どうもけっこうぐっすり眠っていたらしい、伸びをするとあちこちの関節が鳴った。
「もうみんな朝食済ませちゃったよ。君が朝食当番をすっぽかしてここで寝ている間にね」
「マジで!?起こしてくれたらよかったのに」
きょろきょろとあたりを見回すと、なるほどたしかにシンクと食器洗い機に朝食のあとの食器が並んでいる。
「真木が疲れてるなら眠らせておけって言ったんだよ。魚料理まで作ってたのに、君、ホントに起きなかったのかい?」
「これっぽっちも」
「やれやれ。まあそれで、真木と紅葉が朝食を作った訳で」
「二人とも怒ってなかった?」
「怒ってたよ」
兵部が笑いながら葉のジーンズを指さすと、そこにはくっきりと足形をした汚れが残っていた。
「げっ、なにこれ」
「紅葉がつけた。わざわざ玄関からいちばん汚れた靴で精一杯つけた汚れだから、それを落とす前に食器を洗って、謝りに行くことだね。先に汚れを落とすとかえって怒ると思うな」
「忠告ありがとさん、わかりましたー」
兵部と言葉を交わしている間にさすがに頭もクリアになってきた。葉が立ち上がると兵部も立ち上がる。
「目、さめた?」
「うん、さめた」
ふと、兵部が葉の頭に手をかざしている。
「なに?どうしたの」
「いや、葉の身長ってこんなもんだっけ、って思って」
「何年も前からこんなもんだよ。紅葉や真木さんが大きすぎるんだっつーの」
三人兄妹で一人だけいつまでも末っ子扱いなのはこの身長の差が大きいと葉は思っている。そしてそれを見透かしているであろう兵部はクス、と笑って手を引っ込める。
「にしても、まさかカガリに持っていかれるとはね」
「え?何か言った?」
声が小さくてよく聞こえなかった。問い返すといや、と兵部は言葉を濁した。
「いつまでも末っ子じゃないなって思ってたんだよ」
「当たり前だろ」
「うんそう、当たり前だね」
頬を不満そうに膨らませた葉に儚く微笑むと。兵部はキッチンから出ていく。
「じゃあ、後かたづけ頑張るんだよ」
「うん」
素直に頷く葉に、兵部は振り返ると、改めて顎に手を当てて考えなおした。
「いや、やっぱりまだ末っ子かな」
「なに、どういう意味!?」
「別に」
少しだけいたずらっぽく笑った兵部の顔に、先刻までの儚さはもはや無かった。
<終>
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お題:「早朝の床の上」で登場人物が「さめる」、「魚」という単語を使ったお話を考えて下さい。
まさかのお題「魚」もはや活用できてない感がひしひしと・・・。しょ、精進しまする。
精進を試みる横山(仮名)に合いの手を。ぽちっと。
お返事