■湯たんぽ hot ball■
葉の部屋の扉をノックしたが返事はない。
まだ朝早いから寝ているのかもしれない。だがどちらにせよそろそろ葉の様子を見たかったので、思い切ってドアノブに手をかけると、それはあっさりと開いた。
「葉?」
昨夜から風邪で寝込んでいるはずの葉の姿はそこにはなかった。無人のベッドが真木の怒りをかき立てる。
「……どこに行ったんだ、あいつは!」
怒っているのは心配しているが故に、であるが、腹を立てているのも確かだ。いくら手厚く看病しようと、病人のほうがふらふらと出歩いては意味がないというものだ。
本人は知恵熱と笑っていたが、真っ青な顔をして震えているのは尋常じゃない。前日の夕刻にまだ起きていたいと駄々をこねる葉をなだめすかすようにしてようやく布団に入らせたというのに。
真木には葉の行く場所には心当たりはない。キッチンはつい先刻まで朝食と病人食の仕込みに使っていたし、続くダイニングにも紅葉の姿しかなかった。他に行くとすればパンドラのメンバーの部屋か、図書室兼PCルームだが、前者は可能性が多すぎるし後者は不調の時には使わない気がした。
「オーディオルームか?」
別名ゲーム部屋、もしくはこたつ部屋と言われる場所で、もともとはオーディオルームだったのにゲーム機とこたつととどめに麻雀牌まで持ち込まれてすっかり娯楽室となっているくだんの部屋に向かう。
少し乱暴に扉を開くと、そこには突然の闖入者に目を丸くするカガリと葉の姿があった。カガリはこたつで、葉はソファの上で毛布をかけて二人でゲーム機のコントローラーを握っている。
「葉、具合はもういいのか?」
しまったという顔をする葉に気付かず、カガリが真木にオウム返しに訊ねる。
「具合?」
「昨日熱を出して寝込んでいたんだ、葉は」
「そんなんじゃねーって。真木さんは大げさなんだから」
心なしか鼻にかかったような風邪声で葉が真木に反論すると、カガリが今度は葉に疑問をぶつけた。
「えっ、葉兄ィ風邪だったの」
「気付いてなかったのかよ」
「いやぁ、なんかやたらと寒がるなぁと思ってはいたんだけど……どうしても遊びたいって言うから」
カガリが自らの不明を恥じる。
「心細いんだよこういう時は。誰かに居てほしかったんだよ」
葉が口を尖らせて真木に不満をぶつける。
「だからといって遊び歩いて、カガリに風邪でもうつす気か」
「あ……」
風邪が伝染するものであることをすっかり失念していたらしい葉が、はじめて身体を起きあがらせ、次いで項垂れる。
「悪かった、カガリ」
だがもともと風邪をひいたのはカガリ達と雪合戦していたからで、そのことを知るカガリが葉を茶化す。
「もう若くねーな」
「うるせーよ」
葉がカガリを小突くと、ごとん、という音と共に葉の腹の上から銀色の楕円形の物質が転がり落ちた。
「あっ」
「……湯たんぽ?」
葉が抱えていたのは銀色の湯たんぽで、再度大切そうに抱え直す。
「真木さんが準備してくれたんじゃねーの、これ?起きたら布団の中にあったんだけど」
幼い頃、兵部がいないと泣きじゃくる葉が湯たんぽを渡されると素直に寝る子だったことを知る者は少ないはずだ。
「いや、俺じゃない。紅葉も昨日は早くに寝たらしいので違うと思うが」
「じゃあ誰よ?」
「一人しかいないんじゃない?」
葉の疑問にカガリが答える。真木が思いついたように言った。
「少佐か」
「少佐だね」
葉も頷く。
「そっか、少佐、昨夜部屋に湯たんぽ持ってきてくれてたんだなー」
そして嬉しそうに湯たんぽを抱え直す葉を見る二人の視線が交錯する。
真木とカガリとが互いに同じような表情をしていることに気付いて、苦笑する場面を葉は見ていなかった。
<終>
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お題:「朝のソファ」で登場人物が「開く」、「湯たんぽ」という単語を使ったお話を考えて下さい。
カガリと真木さんって共通点が多いかもしれないことに気付いてみた。ちなみに二人の顔はきっと「少佐いいとこ取っていきやがって・・・」という顔じゃないかと。
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