■王子様 Prince■
ダイニングの予定表を確認するために自室から出て歩いていると、ふと気になって畳敷きのゲーム部屋に足を運んだ。
目に入った景色に、虫の知らせってこういうことかしら、と紅葉は心の中で思う。
そこにいたのは畳の上で丸くなって眠る一人の人物だった。
「……少佐……どうしてこんなところで寝てるの…?」
問いかけるというよりは呟いて兵部の傍に腰を下ろす。眠りの浅い体質の兵部はいつもならすぐに目を覚ますはずだったが、今日に限ってその気配がない。面白がって膝枕してみたが、少しだけ身じろぎしただけで、やっぱり起きようとはしない。
「まったく、子供みたいなんだから」
思い出してみるに、かつて自分はこの人に拾われた子供だったはずなのに、時に彼の奔放さに説教することさえ珍しくなくなったのは、いつの頃からか。
早朝の畳の上で光を浴びて眠る姿は無防備で、戦いの時のあの切れるような鋭さはない。きらきらと、きらきらと銀糸の髪に光が反射する。
――そういえば、この人は私の王子様だったんだわ。
まだ引き取られて間もない頃に読んだ絵本に出てくる王子様は、兵部とうり二つだった。貴族的な顔立ち、優雅な体のライン、それ以来兵部は紅葉の王子様になった。
今も朝日を浴びて銀髪がきらめいているさまは王子様の冠に良く似ている。
「大きくなったら少佐と結婚する、なんて言ってた頃もあったっけ」
自分でも可笑しくて少し笑う。結婚相手が少佐、から真木ちゃん、に変わり、いつしかそんなことも言わなくなった頃には、心の中の王子様もいつの間にか廃業していた。
「見た目は変わらないのに」
兵部は数十年来外見を変えていない。ならばきっと変わったのは自分のほうなのだろう。
事実、『結婚』なんて言葉はいつしかパンドラの理念や思想という言葉に取って代わられていた。
それまで見たこともなかった厳しい顔を見ることも、恐ろしいと思うことも、純粋に尊敬することも、今では普通になって。気が付いたら自分と、ともに育てられたもう二人とは『幹部』と呼ばれるようになっていた。
頼られるのは嫌いじゃない。ただ。
「単なる王子様じゃなくなっちゃったのよね」
皆を導く者。束ね、指示を出し、保護する。
「なのにそのパンドラの首長が呑気に畳の上で寝ててもいいものなのかしら」
真木だったら心配して注意を促したかもしれない。葉だったら指を指して笑ったかもしれない。
紅葉はただ膝枕をしたまま、背を壁に預けて両目を閉じてみる。
瞼を透かして降り注ぐ陽光は柔らかく、この分ならすぐに眠気がやって来るだろう。
薄目を開け、冠をなぞるように兵部の膝の上の頭を撫でると、紅葉はふたたび瞼を閉じて眠りの気配に身を委ねることにした。
目が覚めた後の、真木の説教と葉の哄笑を思い浮かべながら。
<終>
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お題:「朝の畳の上」で登場人物が「思い出す」、「冠」という単語を使ったお話を考えて下さい。
少佐は王子様。
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