■片恋 katakoi■
あの人は知らない。私がどれだけ恋焦がれているか。
窓越しに秋の空を仰いで溜息をつくと、パソコンに向かっていた真木が怪訝そうに紅葉に訊ねてきた。
「どうした、紅葉」
「ううん、なんでもない――ねえ、前に少佐が戻ってきたのっていつだったかしら」
「キャンプの時だから、かれこれ1ヶ月になるな」
一ヶ月。長いようで短いようで、けどやっぱり長い日々だ。少なくとも紅葉にとっては。
その長さを思ってまた溜息をつくと、真木が茶々を入れてくる。
「まったく、なんでもなくないじゃないか。紅葉は不器用だな」
「っ……!」
全くもってそのとおりで、紅葉は赤くなる。つまりは兵部がいなくて寂しいのだ。
ソファに横になっていた葉も紅葉をからかい始める。
「寂しがりだなー紅葉は。俺が慰めてあげようか?」
「どこでそんな言葉を覚えてきたのよ。反省しなさい!」
そしてぐいっと葉の耳を上に引っ張ると、葉が盛大に顔をしかめる。
「いてててて、ごめん俺が悪かったっ!」
「わかればいいの、わかれば」
ぱっと手を離すと、真木がPCのモニタ越しに笑っているのが見える。むっとして瞬間移動で真木の後ろに移動すると、長い髪の毛の間から耳を掴んで葉と同じように捻り上げる。
「なにがおかしいのよ!」
「痛い痛い!俺に当たるな!」
「当たってなんか……」
「当たってるね」
葉が引っ張られた耳をさすりながら紅葉に言い放つ。
「当たってるな」
そして紅葉の手から逃れながら真木もまたそれに同意する。
紅葉はあいにく二人の耳をいっぺんに引っ張り上げるような能力を持っていないので、歯噛みするしかない。
「なんなのよもう、二人とも、わかっちゃったみたいな顔しちゃってさ」
「そりゃ、わかるから」
少しだけ低い声で葉が下を向いてつぶやく。
「ジジイ、次はいつ帰ってくるのかわかんないもんな」
「仕方あるまい。今に始まったことじゃない」
「真木さんみたいに仕方ない、で済ませられる人とそうでない人がいるんだよ。ね、紅葉」
「なんだかそれだと俺が冷血漢みたいじゃないか」
葉の言いように真木が抗議こそしたものの、言っていること自体は否定しない。
きっとまだ二人は子供だから寂しいんだ、なんて自己完結して、自分の素直な気持ちを置き去りにしていることに気付いてすらいないのだ。
「真木さんも素直になりなよ。寂しいでしょ?」
「おっ、俺は別にそんなっ」
そんな二人のやりとりを見て、紅葉は今日いちばん大きな溜息をこれ見よがしについてみる。
「どうしたの、紅葉」
「こうやって喋ってたら少佐が突然来たりするのって、ドラマの中だけなんだなって実感してるところ」
真理を突いた紅葉の言葉に、葉も真木も黙り込む。
けれど紅葉は少しだけ安心もしていた。
会いたくて会いたくて仕方がないのは、自分だけじゃないという実感を得たからだ。
葉は彼にしては珍しく複雑で儚い笑みを浮かべて紅葉を見る。
「紅葉は不器用だから」
「なんであんたにまでそんなこと言われなきゃいけないのよ」
「一番言わなきゃいけない人間がこの場にいないからだろ」
「だな」
真木の低い声が同意の意を示すと、部屋がしんと静まりかえる。
その沈黙に耐えかねて、紅葉は大きく息を吸い込んで声の限りで叫んだ。
「京介の、ばかーー!!」
はた迷惑きわまりない行為だったが、何故か葉も真木も一言も発さずに黙り込んでいる。
もしかしたら、そうやって待っていれば本当に兵部が戻ってくると思いたがっているかのように。
<終>
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題材[恋焦がれる,空,叫ぶ,やめて]
前回葉紅葉っぽくしようとして真木紅葉っぽくなったので、今回はどうなることやらと思っていたら、紅葉兵部に。私が書いているのは片思いばかりなのでもっと甘い葉紅葉とか兵部紅葉とかも書いてみたいものです。