■嫉妬の行方 jealousy■
月の明かりの淡い光よりも、街の明かりは遙かに明るく、中空の月を置いてけぼりにして人々を照らす。
雑踏の中を進む二人の姿が高架下方面を目指すが、背の高いほうが歩みを止めた。
「?どしたの真木さん」
「いや、月が丸いな、と」
真木の言葉に葉も立ち止まって空を見る。二人の行動に不信感を抱いた者は周囲にはいないようだった。
「ほんとだ。今日って満月?」
「かもしれない」
「ついこの間十五夜だったって感じなのに、大人になったら時間が経つの早くなった気がする」
「そのうち慣れる」
何に慣れるというのだろう。時の流れの早さに、だろうか。それとも十五夜はすでに遠い日になってしまっている事にだろうか。
どちらにしてもあまり愉しい想像ではなかったので、葉は話題を切り替えることにする。
「真木さんー、クリスマスの予定は?」
「クリスマス?いつも通り船かどこかで皆でパーティだろうと思うが」
「……いつも通り、ね」
葉の声音に含まれた微妙な苦みに気付いた真木が首をかしげて葉を見る。
「何か不満があるのか?」
「不満っつーか、なんつーか……」
当日、きっと夜更けには真木はあの人と一緒にいなくなる。月より白く透き通った銀の髪をした、家族で仲間でボスなあの人と。
去年も一昨年もそうだったように。そう、いつも通りに。
二人の関係を知る葉はそれ以上口にするのを止めて高架下へと歩き出す。真木も何を言うでもなくついてきていたが、高架下を過ぎようとする頃、何か思い至ったらしく口を開く。
「その……すまない」
「何が?」
「嫉妬させてしまったんだろう?」
思いがけず的を射た指摘にどきりとする。――が、真木の言葉は一面を捉えたものではあるが、全体を把握してはいない。
「どっちにさ?」
「どっち、というとそれは……」
兵部を独占する真木に、か。真木を独占する兵部に、か。真木にはこの問いは難しかったらしく、高架下の翳りに隠れるように思い悩みはじめてしまった。
そんな姿を見て、とげとげしくなっていた葉の心も平静を取り戻す。
どちらに嫉妬?当然、両方に、だ。
けれど真木も、兵部も、手に入らないという意味ではさながら月のようなものなのだ。見ていることはできても、遠い。
「月に嫉妬するのもねぇ」
「月?」
言っても詮ないことなのだ。真木を少し悩ませただけで、この場はよしとしよう。
「いや、こっちの話――さ、早く帰ろう。車どこに停めたの?」
「もう一本先の通りの駐車場だが」
「早く行こう、真木さん。そんなとこで立ち止まってないでさ」
「あ、ああ」
真木が一歩を踏み出すと、葉も一歩を踏み出す。そのつま先が高架下から出ると、淡い月明かりが再び二人を包む。
「おっし、今年のクリスマスも騒ぐぞ!今年は誰がサンタさんかなー?」
「いい加減、俺はサンタを降りたいんだが……」
二人の声は雑踏に紛れ、やがて聞こえなくなった。残る月明かりが、アスファルトを淡く照らしつづけていた。
<終>
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お題:「夜の高架下」で登場人物が「嫉妬する」、「月」という単語を使ったお話を考えて下さい。
高架下ということで舞台は汐留とか池袋とかそのあたりをイメージ。
真木兵部話におけるノーマル葉視点。この場合、彼は両方に嫉妬してそうだなーというイメージがあります。真木紅葉でも同様に。
お返事