■カレンダー new year■
買い物に夢中になっていたら、終電を逃してしまった。紅葉は深く溜息をつく。
「……やっちゃった」
不幸中の幸いというか、アジトに連絡したら車の免許を取ったばかりの真木が今日納車されたばかりの車で迎えに来るということだったので、駅舎で一晩を明かすということは避けられそうだった。
「捜し物もあったし、しかたないわよね。うん、しかたない」
真木は免許を取るにあたり戸籍や諸々の書類を偽造した。以来、いろんな資格を取って回っている。残る二人――紅葉と葉がまだ幼いから、それを補うためにこれでもかとばかりに資格を取っているのはわかっている。資格免許証の類のほうを偽造すればよさそうなものを、と紅葉などは思うが。その中には栄養士の資格まで入っているのはご愛敬だろう。
真木の運転の腕に不安はないが、申し訳なさは消えない。
「戻ったらおいしいコーヒーを煎れてあげなくっちゃ」
料理はまだ真木には及ばないが、コーヒーと紅茶の煎れかたに関していえば紅葉のほうが腕が上と自負している。兵部のお墨付きもある。
「お湯の熱さと回すように入れる時の加減が大事なのよね。タイミングっていうか」
とぼとぼと待ち合わせ場所の駅裏へと向かう。独り言が多いのは疲れた足を引きずりたくなるのを鼓舞する目的もあった。
やがて停車スペースに着くと荷物ごと花壇にもたれ掛かる。時刻はもうじき深夜になろうとしている。
「真木ちゃん、道に迷ってないかしら」
不安になってきょろきょろと辺りを見渡すが、真木のものらしき車は来ない。二輪の免許は先に取っていた真木のことだから、大丈夫とは思うが、それでも師走の露天、心にすきま風の吹くような寒々しい思いは消えない。どこかでトラブルに遭っていないか。事故などに巻き込まれてはいないか。
その時、一台の車が紅葉の目の前に滑り込んできた。助手席のドアが開いたかと思うと、運転手が助手席ごしに声をかけてくる。
「紅葉!」
「真木ちゃん!」
運転席から伸びをするようにして助手席のドアを開けたのは紛れもない真木だった。
「遅くなって悪かった。まず乗って」
「うん!」
抱えた荷物を後部座席に積むのももどかしく、荷物を抱えたまま助手席に飛び乗る。始めて乗る車のドアを閉める音はどこか独特の感慨を覚えさせた。
「遅くなって悪かった。高速に乗ったら逆に事故渋滞に捕まってしまって」
「ううん、いいの。そんなに急がなくてもよかったのに」
これは嘘だった。本当は一刻も早く迎えに来て欲しかったのだ。
「その……なんていうか」
「?」
「寂しがってる、かと思って」
車はウインカーを上げてゆっくりと走り出す。
「だから急いだの?そんな、私なら――」
そこまで言ってふと口をつぐむ。
真木のことを考えていたら、寂しがる暇はなかった。と言ったら、どんな反応を返すだろう?
「――それより見て、ちゃんと買ってきたんだから」
「何をだ?」
顔は正面を向いたまま、目線だけで紅葉の手元を見る。
「ほら、ノマディック美術館のカレンダー。探したわよ」
去年たまたま手に入れたカレンダーを真木は気に入っていて、来年の分も同じカレンダーを見つけようと紅葉は今日一日躍起になっていたのだった。
「それを探してこんな時間になったのか?テレポートで帰れないくらい遠くに来て?」
「そうよ。悪い?」
しらっと言ってのけた紅葉に、真木は笑いを返す。
「いや、悪くない。とてもお前らしいよ、紅葉。ありがとう」
「どういたしまして」
アジトに戻ったら真っ先にこのカレンダーを貼ろう。今年のカレンダーの脇に貼って、今年のカレンダーにはクリスマスから年末年始にかけての予定をびっしりと書き込もう。そして今日の欄には真木の車が納車されたことを書こう。戻ってきた兵部が、それと分かるように。そしたらきっと真木にもささやかなご褒美がもらえるだろうから。
<終>
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お題:「深夜の駅」で登場人物が「寂しがる」、「カレンダー」という単語を使ったお話を考えて下さい。
本誌の展開を無視して今日も真木さんは運転手。真木と紅葉で数年前。