■夏の終わり last summer■
アジトの置き手紙を握りしめるとそのままテレポートする。
兵部の顔には焦りと苦渋の表情が浮かんでいた。
空間把握能力で人がいない場所を選びながら、最後は病院の緊急外来入口から病室へとダイレクトに個室へとテレポートする。
「「少佐!」」
男女の声が二つ重なって発せられる。ベッドの横に座っていた紅葉と真木だ。
その声に促されてベッドの上の葉が起きあがる。
「きょーすけ?」
寝ぼけた声はまだ7つの少年のものだ。
「どうしたんだい?葉が怪我をして入院だって……」
兵部の手に握られている置き手紙には、葉が怪我をして入院したことと病院名が書かれてあった。慌てて書いたのだろう、殴り書きである。そして目の前の葉は左耳を中心にぐるりと顔を囲むように包帯が巻かれてある。
「葉の容態は悪いのかい?」
「平気だよ」
容態を気遣う兵部の言葉に答えたのは葉だった。思いの外元気そうだし、点滴の類もつけていない。
「僕うっかりしてて、耳に綿棒入れたまま転んじゃって……」
「じゃあ、鼓膜が?」
兵部が訊ねると三人ともが頷く。
「どうしよう。このままだと一生直らないかもってお医者様が。少佐なら大丈夫よね?」
紅葉は大きな目に涙を浮かべながら兵部にすがりつく。紅葉を宥めながら、兵部は葉の頭に手を添えると無遠慮にその包帯を取っていく。
「片耳だけでも生活にはそれほど支障がないって話だったけど、治る、よな……?」
おずおずと真木も紅葉の手に自分の手を添えながら兵部に言い寄る。
視覚と超能力の両方を駆使して葉の怪我の様子を見た兵部は、生体コントロールを駆使して『処置』をすると、三人ににっこりと笑みで答えた。
「大丈夫。――ほら、もう治った」
「ほんとっ!?」
一同の視線が葉に集まる。葉は何度か頭を振ったり声を出したりしていたが、兵部が左耳に口を当てて声を出す。
「葉、聞こえるだろう?」
「聞こえた!」
ぱあ、と笑顔の葉から喜色が病室に広がっていく。
しばらく紅葉と真木が交代で葉の左耳に囁いたり、覗き込んだりしていたが、本当に大丈夫だとようやく納得したのか、一段落つくと兵部に寄り添うようにして落ち着いた。
「ああ、よかった、今日少佐が来てくれて」
「あわてて運んできたまではよかったんだけど、お父さんも母さんもいないし保険証もないって不審に思われてるらしくって、少佐が来てくれなかったらこのまま夜中を待って逃げ出そうと思ってたんだ」
葉の怪我だけではなく、心配事が重なっていた二人の子供の肩に手をかける。まだか弱いのに、重責を背負わせてしまったことに胸が痛む。
「じゃあ、行こうか。どちらにせよ、病院からは抜け出さないとね」
「家に戻るの?」
「いずれ戻るけど、今日僕が刑務所から抜け出して来たのはそれだけじゃないんだ」
「何か別に目的があるの?」
「さあ?予想してごらん?ああ、ここの病院は悪くないね――行くよ」
そして一瞬後には、病室には解かれた包帯だけが残り、四人の姿はなくなっていた。
テレポートで辿り着いたのは同じ病院の屋上だった。
「病院に用があったの?」
「そういうんじゃないよ。たまたまこの河川敷近くの一番高い建物だったからちょうどいいと思っただけ」
用と紅葉を適当な場所に座らせると、兵部も腰を下ろす。
「?教えてよ、少佐」
「まあ真木も適当な場所に座りなよ――始まるよ」
「始まるって――」
何を、という言葉はドン、という音にかき消された。同時に、世界が明るくなる。
真木が振り向くと、そこには花火の大輪が咲いていた。
続いてドン、ドンと大玉が何発も上げられる。
「花火?こんな時期に!?」
「ね、めずらしいよね。夏の終わりの花火だってさ。楽しもうぜ」
まだ立ちつくしたままだった真木の手を引いて隣に座らせると、頭を軽く抱える。
「葉のこと、ありがと。真木は真面目だから、さぞかし心配したでしょ」
「――うん。でも紅葉もいっぱい心配してた」
兵部から見える横顔には、少しだけ涙が浮かんでいる。
「優しいね、君は」
そしてその頭をぐしゃぐしゃと撫でる。同じような事故は二度とないにこしたことはないけれど。
「もっと頻繁に来るようにするし、あとで健康保険証も作っておくよ。ちゃんと使えるやつをね」
「……ん」
真木はそれきり何も言わず、夏の終わりの花火に熱心に見入っているフリをしていた。
<終>
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お題:「夜の病院」で登場人物が「予想する」、「花火」という単語を使ったお話を考えて下さい。
綿棒を~っていうのは実際に耳にしたことのある怪我でした。そちらのご家庭では子供の治癒力で自然回復を果たしたそうです。本当によかった。
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