■水に棲む fish in the water■
携帯電話の時計を見ながら早足で水族館の正面までたどり着くと、入り口手前の水槽の横でウミガメを眺めている二人の姿を見つけた。どこから見ても若いカップルといった雰囲気の二人に声をかけようとしたら、女性の方が振り返って声を上げた。
「あ、火野くんだ」
女性、というよりまだ少女の風情を残したクラスメート、花井ちさとが手を振ってカガリを呼ぶ。
「よう、花井。東野も」
「俺はオマケかよ」
男性のほう――東野将も不満そうな顔を作りながらもカガリを歓迎した。
「デートの邪魔されたからってそんなに怒るなよ、東野」
「火野くん！」
「だ、誰と誰がデートだよ!?」
東野とちさとの二人は申し合わせたかのようにぱっと離れる。こういう所も息があっているのは幼なじみならではか。
「カガリこそカズラを連れてくればよかったじゃん」
「そうよ、どうして一緒じゃないの？」
「べっ別に、っつーか、なんでそこでカズラの名前が出るんだよ!?」
「どうしてって……ねえ」
「なあ？」
今度は二人がにやにやとカガリを見つめる番だ。
「とにかく、入るぞ水族館！」
先に立って入り口に向かうと、後ろでクスクスと二人が笑う気配がしばらく続いていた。
巨大水槽をいくつも過ぎて、ちさとがトイレに行くというので東野とカガリが二人、アマゾンの古代魚を見ながら手すりに腰を下ろす。
「すげーな。いくつ水槽あんだろ」
「魚の生息域のぶん、かな」
生息域の違う魚は同じ水槽にはいられない。その数だけ水槽があるとカガリは言っているのだ。
「だな」
意味を理解した東野が笑う。カガリは少し考え込む。
「どうした、カガリ」
「いや、魚っていっぱいいるよなーと思って。しかも棲んでるところバラバラなのな。淡水魚とか海水魚だけじゃなくてさ、ほらたとえば、同じ海の魚でもこのへんの海じゃ熱帯魚は生きられねーし」
「そだな」
「マグロは常に回遊していないと死んでしまうけど、逆に磯近くの水流が穏やかなところじゃないと生きていけない魚もいたりしてさ」
「どうしたいきなり？」
「その、なんつーか……」
カガリは少し照れたように帽子を直す。けれど目は真剣だ。ひとつひとつ言葉を選ぶ。
「魚、ってひとくくりにしても、一緒に生きていけるとは限らないんだなって思ってた」
今こうして学校という空間でともに過ごし、時に休日を共有していても。
「俺やカズラと、お前やちさとは、同じところに棲んでられるのかな……」
これには東野が驚く。
「当たり前だろ！何言ってるんだよ」
けれどカガリは知っている。超能力者とノーマルとはいずれ戦争になる。自分たちが起こすのだ。それを、こうしてノーマルとともにのうのうと暮らしていていいのか、と思うと皮肉な気持ちになる。
「東野くん？どうしたの、声大きいわよ」
ちょうどトイレからちさとが戻る。
「いや、なんでもないよ」
カガリがそう言って会話を打ち切ると、東野はまだ何か言いたげだったが、あえてそれは無視する。
そして水族館を出るまでの間、カガリはなんとなく二人と目をあわせることができず、その間ずっと、カズラを連れてくればよかったという考えが頭を離れなかったのである。
＜終＞
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お題：「昼の水族館」で登場人物が「共有する」、「水」という単語を使ったお話を考えて下さい。
ちょっとシリアスに攻めてみました。いかがでしたでしょうか？
いつまでも仲良しでいて欲しいものですが・・・
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