■ダイエットコーク diet coke■
喉が渇いた、と言い出したのは紅葉だった。
「だから?」
どうしろというのか、葉は紅葉に問い返す。
「……真木ちゃんならこういう時即座に買いに行ってくれるんだけど」
ちらりと横目で葉を見ると、葉はふてくされたように頬をふくらませた。
「俺、真木さんじゃねーもん」
時刻は夕刻、今日の買い出し当番は葉と紅葉で、葉の両手には昼間の買い出しの荷物がこれでもかとばかりにひっ下げられている。
「大体、俺にこれ以上何を要求するつもりだよ」
葉にしてみれば、紅葉のほうが力は強いのだ。少し男として情けなくもあるが、手ぶらで歩いている紅葉にこれ以上何を要求されても勘弁願いたい気分だった。
「あっちょうどいい、そこで買おう」
葉の話を聞いているのかいないのか、紅葉は路地裏の自動販売機を指指す。ちょうどいい具合にエアコンの室外機が自販機の横に並んでいるため、葉はそこに荷物を置くと自ら自販機に歩み寄る。
「俺が買う。何がいい?」
「えっと、ダイエットコーク」
「了解」
紅葉に背を向け、財布から小銭を出してダイエットコークを二本買うと、口笛を吹きながらそのペットボトルのうち一本を紅葉に手渡す。
「ありがと」
「どういたしまして。……あー疲れた」
自分のぶんのダイエットコークの蓋を緩めながら葉が腰に手を当てて伸びをする。紅葉はクス、と笑った。
「荷物持ち、ご苦労様」
「ちょっとは手伝ってもいいと思わないわけ?」
「葉でこと足りてるんだから、あたしが手を出すのは失礼じゃない」
「よく言うよ……」
げんなりした表情の葉を横目に紅葉がペットボトルの蓋を開けると。
ブシャアアァー!
「きゃああっ!」
紅葉の手に持ったダイエットコークの口から勢いよく泡と液体とか吹き出す。
「あはは、あっはっははは」
腹を抱えて笑う葉に、紅葉は真っ赤になってダイエットコークの蓋を閉めてからキッと葉を睨みつけた。
「裏切ったわね~」
「なんのことかわかりませーん」
「アンタが自分の分しれっと蓋を開けるから注意もしなかったわよ!振ったのね」
「さてねぇ?」
実際は振ったのではなく、振動波で紅葉のダイエットコークの中身を揺さぶったのだが、紅葉にしてみれば葉にしてやられた悔しさは同じだ。
「このっ、このっ」
蓋を閉めたダイエットコークを盛大に振ると葉に向かって吹き出させるが、もはや勢いが足りず逃げ回る葉のところまで届かない。
「覚えてなさいよ」
「もう忘れた」
荒い息を整えた紅葉がハァ、とため息をつくと、ハンカチで手を拭きはじめる。
「まったく、子供なんだから」
「まぁそう言わない、コミュニケーションの一環だよ、紅葉姐さん」
「……っんとにもう、小憎らしいところは変わらないんだから。少佐と真木ちゃんに叱ってもらわなくちゃ」
「二人とも今いねーじゃん」
どちらも今は任務で飛び回って留守にしている。
「ははーん」
「なんだよ」
「寂しいからってあたしに当たらないでよね」
「なっ……」
絶句した葉が次第に真っ赤になってくるのを横目で見ながら、紅葉が放っておいた荷物の一部を手に持つ。
「何、心境の変化?」
「また裏切られちゃ堪らないし、まぁ少しはあたしも悪かったわ。手分けして持ちましょ」
「そう来なくっちゃ」
葉もまた荷物を持つ。なるべく重いものから順に。
「あー手がべたべたする。あんたのせいよ」
「ひっかかる方が悪いんじゃないの?」
夕暮れの中を互いに小突きあいながら、葉と紅葉は家路を急いだ。父と長男の居ない我が家へ。
<終>
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お題:「夕方の路地裏」で登場人物が「裏切る」、「ペットボトル」という単語を使ったお話を考えて下さい。
テーマは小突き愛。たまに王道以外の組み合わせにしてみました。
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