■ジャズ jazz■
木枯らしに吹かれて、落ち葉の落ちる音さえも聞こえてきそうな静かな並木道を歩く人影がある。
「紅葉はこの公園がホテルへのショートカットになると言っていたが……」
公園の並木が秋色に赤らむ姿を楽しむ余裕すらなく、早足で歩く真木の耳に、突然大音量が響いた。
「なっ、なんだ?」
そういえば真木が公園に入ったところはいわば裏口にあたる部分だったのだが、何かのフェスタの旗と看板が立っていた。
けれど不快な音ではない。軽やかなリズムに小気味よいメロディ、色とりどりのサウンドに引き寄せられるように真木はいつの間にか音のしたほうへと近づいていった。
「ジャズか」
それはジャズ・フェスティバルで、近くにあった案内板を見ると今日はこの街全体のあらゆる公園や広場、ショッピングモールなどでジャズの演奏がなされ、街ゆく人々がそれを楽しむというお祭りのようだった。
「そういえば、今日は日曜だったな」
兵部に任務完了の報告をしないといけないと焦っていた心に思いがけずそのサウンドは染みて、真木はいつしか聴衆の一人となっていた。
元々ジャズは嫌いではない。
それに報告など多少遅れても構わないだろう。そもそも兵部が何度かけても携帯電話に出ないのが悪いのだ。いいニュースだから早く知らせたいという気持ちを差し引いても、真木はジャズを楽しむ人々の波に同化して、気付けばいくつかの場所を転々として、その先々で聞きほれていた。
そして本日三カ所目の公園でジャズの音を楽しんでいると――。
「真木?」
聞き慣れた声がして、そちらを振り返ると兵部に葉、それに紅葉の三人が真木と同様にジャズバンドの演奏を聞いていた。
「どしたの真木さん、こんなとこで」
「真木ちゃんもジャズフェス聞きにきたの?」
「あ、いや、俺は」
「ああ、例の件ね。どうだった?」
真木がわざわざ休日にスーツ姿で街を歩いている理由をよく知っている兵部が、会話の転換を促した。
「万全です。連絡を取ろうと思ったのですが――」
「ああ、ジャズに携帯は無粋だろうと思って置いてきちゃった」
「少佐駄目でしょ、真木さん怒るよ、携帯は携帯しろーって」
「たしかに、少佐はもう少し携帯を持ち歩く習慣をつけるべきだと思うの」
「……二人の携帯にもかけたんだが……」
真木に言われて、紅葉と葉が一瞬目を見交わすと互いの懐から携帯電話を取り出す。
「うわ、携帯、着信二十件」
「しかも全部真木さん。俺マナーモードにしてて気付かなかった」
「あたしも」
げんなりとした様子の紅葉と葉の態度に、あらぬ迫害をされているようで真木の機嫌は斜めになっていく。
「……まあどうせ大した用件じゃなかったからな」
これは嫌味だった。今日真木が出払っていたのはパンドラ北陸支部がなくなるかどうかの瀬戸際といっても過言ではなかったのだが、その内容をここにいる四人はよく知っていた。真木以外の全員がばつが悪そうに目線を逸らしている。
「まぁまぁ、せっかくだから楽しもうよ、真木。君ジャズはいけただろう?」
「どちらかというと、好きですね」
「大好きじゃん」
「バレバレよね」
「む……」
先刻の意趣返しなのか、葉と紅葉にたたみかけられて思わず押し流されそうになる。
「真木も街を歩けばジャズに当たるってね。こういうのは楽しんだ者勝ち、だろ?」
「は、はい」
まだ何かしっくりこないものを感じながらも兵部の笑顔に思わず頷いていると、ジャズの音に混じって、後ろで葉と紅葉がクスクスと笑う声が聞こえた。
<終>
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お題:「昼の公園」で登場人物が「落ちる」、「落ち葉」という単語を使ったお話を考えて下さい。
最近流行みたいなので、ジャズフェス。以前某所で通りがかった時は雨だったので行かなかったんですが、今にして思えばもっと楽しめばよかったなーなどと思っていたりします。真木さんはジャズ好きそう、つかサックスとかやってそうですね。
ぽちっとありがとうございやす。