■ココア cocoa■
階段を駆け上がり、その部屋の前で立ち止まるとバタン、と威勢良く扉を開く。
「葉」
本を手に立ったままで入り口に振り向いた真木が驚いた顔をしている。そして一人ではなかった。
「真木さん……と、宇津美センセー」
『やあ、どうしたんだい、慌てて』
現実の本体は既になく、本に仮の意識を宿らせた宇津美と真木が本を挟んで話し合っている。それは早朝の書庫には少しそぐわないものに見えた。
「いや、少佐がいるかと思って」
「ここにはいないぞ」
『少佐?ああ、京介のことだったっけ?丁度彼の話をしていたところではあったんだけどね』
「先生!」
真木がしまった、というふうに眉間に皺を寄せると、本を閉じる。
と、宇津美の姿はかき消えた。
「あっ、真木さん、今のはちょっとセンセー相手に酷くない?」
「お前のせい……いや、いいんだ。どうせじき下に降りようかと思っていたところだったしな」
「ふーん」
葉や宇津美にというよりは自分自身に言い訳をしているような真木の姿に、好奇心が頭をもたげてきた葉だったが――
「少佐がどうしたんだ」
「そーだ、聞いてくれよ。なんかココア飲みたいって言ったらじゃんけんで負けたほうが作ることって言われて」
「負けたのか」
「悪かったね!――しかも鍋でミルクから作ったのがいいとか言うから、できあがったから呼びに来たんだよ」
ぷう、と葉が頬を膨らませると真木が笑った。次いで言うには。
「しかしこの部屋には来なかったが」
「だね。人の気配がしたから適当に開けたんだけど……おじゃまだった?」
「何がだ」
「どうせ宇津美さんから少佐の昔話でも盗み聞きしてたんでしょ」
真木が本を取り落としそうになって咳きこむ。
「盗み聞きではない!なんてことを言うんだ、お前は!」
「違うの?」
「今日のは違う。ただの情報収集だ」
「あやしーなぁ」
「誰もがお前と同じ次元でものを考えてると思うのは傲慢だぞ」
「はいはい」
真木の考えそうなことは分かる気がしたが、なんとなくこんな明るい早朝の光の中だとこれ以上は追求しづらい。
「今日“のは”違う、ねぇ……」
「何か言ったか?」
「べっつにー。じゃあ真木さんも少佐探し手伝ってよ」
「構わないが……」
書庫に本を戻している真木の手を取って、葉はぐいぐいと引っ張る。
「なんだ、葉」
「いいから、手ぇ繋いで」
「は?」
そうして真木の腕を引っ張りながら部屋を出ると、真木が不審そうに訊ねてくる。
「少佐を捜すのに何故こんなくっつかないといけないんだ」
「その方が見つかりやすいからに決まってんじゃん?」
「はぁ?」
真木はますます訳が分からないという顔だ。
「わかんなきゃいいの。ちゃんと手握って」
わけがわからないなりに葉に従うと決めた真木が葉の手を握り返す。
書庫から出て、階段から逆側の部屋を一つ一つあらためていた時――
「仲がいいね」
突き当たりの部屋の前に、兵部の姿が唐突に現れた。どこかからテレポートしてきたのだろう。
だが何というか、真木の目から見て、どこかよそよそしいというか。
そんな雰囲気を破って葉が兵部につっかかる。
「見つけた!まったく、人にココア作らせておいてどこ行ってたんだよ」
「君が飲みたいって言い出したんだぜ?僕じゃない」
「あーそう、そうですよ!ったく……」
「ところで」
兵部がちらりと真木のほうを見る目線が蛇かなにかのもののように思えて、生理的に真木の背中に悪寒が走る。
「二人ひっついて何してるのさ?手まで握って」
「いや、これはっ」
あわてて手を離そうとした真木だったが、葉は構わずにその手を引っ張って兵部の前に立つと、身体を翻してから、空いたほうの手で兵部の手を握る。
「えっ?」
「なにっ?」
目を丸くする兵部と真木の両側から注がれる目線ににっこりと笑顔で答えた葉が。
「じゃ、ココア飲みに行くよ?」
そう言って二人を引っ張って走り出した。
「ちょっと、葉、廊下は走るものじゃないだろう?」
「何だ、一体なんなんだ!」
つられた二人も走りながら葉に異論を申し立てていたが、葉は真木のほうを向いて言った。
「ほら、すぐに見つかったでしょ?」
そして笑顔のまま唇の端をあげて真木に笑ってみせたものだから。
「ああ、――そうだな」
真木も自分ではそれと自覚なく笑顔で返す。
「どうしたのさ、君たち」
そのやりとりを見とがめた兵部がまた剣呑な目線を送ってくるが、今は葉と真木の二人で秘密を分かち合っているから怖くはない。
(なるほど、こうしたほうが早く見つかる訳だ)
心の中で納得しながら、真木は葉の手を握り返した。
<終>
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お題:「早朝の書庫」で登場人物が「手を繋ぐ」、「ココア」という単語を使ったお話を考えて下さい。
葉×兵部にしようとしたんですが、真木さんが・・・(笑)
お返事