■キャンプ camp■
牧場キャンプ場の一角にあるテントの入り口が開かれて子供達が飛び出してくる。最初からキャンプ場側で設営してある6人用の大きなテントで、少年一人と子供三人くらいなら余裕で寝泊まりできるし、入り口には照明もある。そして今日は平日だったので彼ら以外の客はいなかった。
「花火だー」
「今日はでっかいの打ち上げるぜ!」
「男の子は好きよねえ、花火」
「君は嫌いかい?紅葉」
「まさか、好きよ」
子供達は手に手をとって花火をあーでもないこーでもないと物色しながら沢のほうへと降りていく。沢への道もきちんと整備されて階段状になっていて、兵部が葉と真木の手を離しても不安はない。紅葉は兵部と並んで歩いていた。
「花火をするには、まだちょっと明るすぎない?」
ついさっきバーベキューを終えたばかりで、夕日は傾いてはいるもののまだ沈むほどではない。
「早めに終えないといけない理由があるのさ」
そう言うと兵部は紅葉にウインクする。
「理由?」
「内緒」
「少佐ー、このへんでいい?」
「いいー?」
沢の近くに到着すると、古ぼけたブリキのバケツを持った真木が兵部に聞いてくる。葉が真木の真似をして首をしげているそこは平地で、川の水にも近く、花火に適した場所に思えたので兵部は頷く。
「じゃあ真木、そのバケツに水を汲んできて」
「どうすんの?」
「終わった花火はバケツに入れて後でごみに出すんだよ」
「へー」
分かってるのか分かっていないのか微妙な反応を葉が返してくる。なんだかぼんやりしてるので大丈夫かな、と兵部は少し不安にも思ったが、実際花火を始めるとそれは杞憂だったとわかる。
「ちょ、ちょっと葉、お前こっち向けるなって!」
「わー、花火きれー」
「少佐!なんとか言って下さいよ!」
「いいぞ葉、司郎お兄ちゃんに負けるなー」
「しょ、少佐ぁ……」
葉がめちゃくちゃに振り回す手持ち花火に追い立てられながら真木は情けなさそうな声を出す。
と、思わぬ援軍が現れた。
「じゃあ私が葉を撃墜するわね!」
そう言った紅葉の手に握られているのはロケット花火の束で、器用に一本取り出すとライターで火をつけて、導火線に火がついた状態で葉めがけて放り投げつつ発射させた。
「うわっ!?」
葉の目の前スレスレを音を立てながらロケット花火が飛んでいく。
「まだまだあるわよ~」
「あっはっは、紅葉が一番エグい戦いするなぁ」
とか何とか言いながら、兵部は大ぶりの打ち上げ花火は全部自分の手元に選りすぐって設置を完了させている。
「じゃあこれ!ねずみ花火!」
葉もすかさずバケツの横の火種からねずみ花火に火をつけると、紅葉の足下めがけて投げつける。派手に回り始めたねずみ花火に慌てたのは当の紅葉よりも真木のほうだった。
「ちょっと、もっと普通の花火の楽しみはないのかよ!」
手に持つタイプの花火は葉がめちゃくちゃな使い方をして使い切ってしまった。一方ロケット花火を手放す気のない紅葉が真木の悲鳴に答える。
「まだ残ってたわよ。線香花火が」
「俺は切ないの担当かよ!まだ明るいし!」
「それはそれで風情があっていいじゃないか」
笑いながら、兵部も打ち上げタイプの花火に端のほうから順に火をつけ始めた。
時刻は七時くらいだろうか。花火の後始末を終え、日の傾いた沢で一同はただ待った。
「何を待ってるのさ、少佐」
「つまんないー」
「すぐわかるさ。もうすぐ来るから」
来るって、何が――紅葉が聞こうと思った時、兵部が手を高く掲げた。
「ほら、来ただろう?」
手を開くと、そこには米粒より二回り大きいくらいのサイズの虫がいた。そしてその虫はお尻の部分がぼんやりと点滅しながら光っている。
「わあ……蛍……?」
紅葉が歓声を上げると、真木や葉も目をこらして森の奧を凝視しはじめる。
「そう、この沢沿いは蛍の出る森なんだ」
「あ、あっちで今光った」
「ほら、こっち来るよ!」
あっという間に薄緑色の光があちこちに灯り始める。
「蛍の活動は7時から9時くらいだからね、花火を先に済ませて、この景色をみんなと見たかったんだ」
兵部が話をしている間にも蛍の群れは増えて、あちこちに灯る光の集合体から時折一匹を捕まえては放したり、どちらがより綺麗か見せ合ったりしている間にあっという間に蛍は増え、最後には森全体が発光しているかのように淡く輝いていた。
早朝の光に照らされて一つの大人の影と二つの小さな影がのそりと這いだしてくる。一つ影が足りない。
「本当だってば。疑っているのかい?」
「陰謀だ。そう言ってまた騙されたとか笑い者にする気なんだ」
「ばっか、真木、早くこっち来いよ。ホントに消えちゃうぜ?」
「こんな明るいのに星が出てる訳――」
真木がしぶしぶとテントから出てくると、兵部、紅葉、葉の三人がテントの土台部分に腰をかけて座っている。
「ほら、あそこだよ、真木」
「――ほんとだ」
兵部の指さした先には、たしかに一つだけぽつんと星が光っていた。
「星座じゃないけど、金星だよ。明けの明星ってやつさ」
「……ふだんこんなに早くに目を覚ましてることないし……」
拗ねたそぶりで真木がもごもごと喋ると、兵部がクスリと笑う。
「そうだね。まだ寝てる時間だ。でも昨日の花火も蛍もそうだったけど、みんなと見たかったんだ、僕は」
「僕と、しろちゃんと、もみじと、きょーすけ?」
「そうだよ、葉。僕はいい親じゃない。いつもは一緒にいられないけど、こうやって抜け出してくる時は必ず何か思い出を君たちにあげたいと思ってる」
本心だった。バベルの監獄に捕らわれて、滅多に戻ることのない不出来な親を待ってくれている子供達のために。
そしていつか、この子供達が大人になった時、新たに加わる子供達にも同じように思い出を贈ることのできる人間になっていてほしいがために。
「うん、ありがとう、少佐」
にっこり笑って紅葉が兵部の頬にキスをしてきたので、兵部は何も言わずに紅葉の頬にもキスを返す。
「その……ありがとう」
不器用に謝意を伝える真木を捕まえると、今度は兵部のほうから真木の頬にキスをした。
「な、な、な……!?」
「僕もー!」
「いいよ、はい」
そう言って葉の頬にもキスをする兵部の姿を見て、何故か真木は胸を撫で下ろしていた。
「昨日今日はなんだか色々見たなー」
「ほんと、行楽したって感じよね」
「まだまだだよ」
兵部が真木と紅葉にそう伝えると葉が不思議そうな顔をするので答える。
「まだまだ、君たちの知らない景色や場所が世界には沢山ある。いつか、僕が連れていってあげる。だから待っていてくれるかい?」
それが何を意味するのか、真木と紅葉は正確に理解していたし、葉も最近は理解しはじめているようだった。神妙な顔で葉が頷くと、真木も紅葉も力強く頷く。
「うん、わかった」
「待ってるわ」
「僕も待ってるー」
「よしよし、いい子だね。僕のちびっこ幹部達」
真木の頭をわしわしと撫でた手で紅葉の頭を軽く引き寄せると反対側に座っていた葉ももたれかかってくる。
明けの明星は既に天には無く、朝日がようやくその姿を全て現したところだった。
<終>
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お題:「早朝の草原」で登場人物が「疑う」、「星座」という単語を使ったお話を考えて下さい。
時々無性に真木さんの若い頃、というか若い真木さんを書きたくなるのですが、紅葉と葉がもっと若いのであまり子供らしくなってくれません・・・まぁ15才となると本人的にはもう大人ですし、これでいいのかもしれませんが、やっぱりちょっと寂しい・・・。
私信:蛍狩りに行きたいです。いいスポットを知ってらっしゃる方はお教えくださいませー。
お気に召しましたら拍手をぽちっとネ☆
お返事