■アニバーサリー anniversary■
部屋の中に居るのは男性が二人、女性が一人。
「遅いわね」
女性――紅葉がぽつりとこぼすと、残りの二人――真木と葉もうーん、と唸る。
「忘れている訳はないと思うが……」
「もし忘れてたらボケ老人だぜ」
待ち人が来ないために、テーブルの上のケーキもディナーもなんだか色あせて見える。
その時、真木たちの後ろに僅かに小柄な影が一つ姿を現した。
「ボケ老人とは失礼だなあ、ここにいるよ」
「「「少佐!」」」
三人の声が仲良く影――兵部の名を呼ぶ。目線を一身に受けて、兵部は手に持った小さな箱を紅葉へと差し出した。
「二十歳の誕生日おめでとう、紅葉。遅れてごめん。どれを買ったものか、迷ってね」
「プレゼント?ありがとう!開けてみていいかしら?」
「もちろん」
紅葉が一心不乱に箱のパッケージを開け始めると、葉と真木が安堵したように目を見合わせる。
掌に収まるサイズの箱の中には、銀色の輝きを放つシンプルなバングルが鎮座していた。
「素敵!少佐が選んでくれたのね?」
「内側も見て」
「?」
兵部が差し出したバングルの内側には「FOR MY DEAREST」と刻印されていた。
「最愛の人へ……?」
「本当は誕生石がついているほうがいいかと思ったんだけど、やめたよ。宝石つきはもっと大切な人にもらうといい。そしてその大切な人にこのバングルを贈り返すのも悪くないと思うんだけど……どうかな?」
「そんなこと言われたら、付けづらいわ」
兵部に送られたものを身につけて、いつも兵部と一緒にいるような気分を味わいたいのに。滅多に戻ってこない、出会うこともできない相手だからこそ。
「遠慮せず、つけてごらん。きっと似合うから」
「そうそう、せっかくなんだから俺らにも見せてよ」
葉も兵部の意見に同意する。真木はバースディケーキに蝋燭を立てると、マッチで火を灯して部屋の明かりを落とす。
紅葉はおずおずとバングルを手に嵌めてみる。思っていたよりしっくりとくる重さを持った細身のバングルが、蝋燭の揺らめく明かりを反射して輝いている。
「似合うよ、紅葉」
兵部が笑う。紅葉も、葉も真木も。
ふいに紅葉が兵部の腕の袖を掴んだ。
「なんだい?」
「今日だけは、少佐があたしの『最愛の人』ってことにしていい?」
紅葉のわがままにも兵部は笑顔のままで頷く。
「いいよ」
「やったぁ!じゃ、火を消すわよ、見てて?」
皆の前でくるりと一度回ってから、紅葉はケーキに顔を近づける。そのまま深呼吸して、ふうっと息をふきかけると、蝋燭の火が消えて部屋が暗闇に支配されるが、拍手によって暗さは払拭され、すぐに明かりが点けられた。
「誕生日おめでとう、紅葉」
「おめでとう」
「おめっとさん」
兵部が、真木が、葉が、口々に祝いの言葉を口にする。
「二十歳の誕生日なんて、他の誕生日とどう違うのかとも思ったけど、こうしてみると違うものねぇ……」
紅葉がしみじみとバングルを眺める瞳が本当に嬉しそうで。
残りの三人は、葉が腹が減ったと言い出すまでのしばしの間、そんな紅葉を見守っていたのだった。
<終>
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題材[最愛の,宝石,買う,ここにいるよ]童話風にやってみよう!
紅葉へ、二十歳の贈り物でした。童話風は無理でも過去話にしてみました。
お返事