パンドラのちょっと物騒なお仕事風景。
■窮鼠の季節 rat■
それはまるで、鼠を追い込む猫のように。
アロハシャツの隙間から入れ墨を覗かせた40がらみの男が、苛ついた足取りで狭い部屋の中をうろついている。同じく剣呑な雰囲気を纏った紫色のスーツ姿の同世代の男がソファで足を組み直して、溜息まじりに忠言する。
「座ったらどうだ。今更慌てたって、向こうさんが諦めるわけでもない。相手の正体もわからないしな」
「これが落ち着いていられるか!なあいっそ逃げたらいいんじゃないのか?槇家組の上とはもう連絡取れないし、やられちまったんじゃ――」
その時だ。
バチン!という音とともに、部屋の電気が消えた。今は真夜中だ、目と鼻の先のことだって分からない。
「何だ!?」
「敵襲か!!」
二人の男は腰のものに手を添えるが、それを阻止するように凛とした声が響いた。
「そこまでだよ」
そして部屋の扉が開け放たれる。その向こうは温室だったはずだが、今は一面の炎の色に埋め尽くされている。
「うわっ!」
「大麻が!」
男達と温室の間に立つのは少年の姿だった。学生服姿に銀色の髪をした少し目立つ風貌の少年は、後ろから吹きかけてくる熱気も何のそのといった感じでその場に浮いていた。
「てめえ、よくも畑を焼いてくれたな」
「愚者の言いそうなことだよ。そういう場合じゃないと思うんだけどなあ……」
「このガキ、……!?」
アロハシャツの男が少年に掴みかかろうとした時、隣のスーツ姿の男が膝を屈した。
「う…ぐ、ぅ」
「ぐはっ」
苦しそうに呼吸をするスーツ姿の男と同じく、アロハシャツの男も喉をかきむしって苦しみ出す。
「酸素がもう足りないんだよ。一酸化炭素中毒のほうが先かな?」
自分自身は酸素の充分足りた膜の中にいる兵部がしゃがみこんで男達の頭に手をあててサイコメトリする。直後、二人の命などどうでもいいと言いたげに兵部は単身テレポートした。
「少佐!見張りは?」
「もう問題ないよ、そっちは?」
戻ってきた兵部の言葉に、紅葉は安心したという風に胸を撫で下ろすと、パソコンのモニタを指指す。
「こっちも超能力者達は無事回収できそうよ」
温室の入り口から人々を誘導するコレミツとマッスルの姿が別の角度からのカメラでとらえられている。
「不法移住者から超能力者を選りすぐって融解して、麻薬の栽培を手伝わせるなんて、よく考えたよなー」
葉はいつもの通りの態度で、少し緊張感に欠けると思ったのだろう、真木がじろりと葉を睨む。
「すでに付近の住人が集まりつつありますが、大丈夫でしょうか」
「BABELが絡むならともかく、ただの警察にやられるほどパンドラのエスパーは無能じゃないよ」
それについては兵部の言うとおりだった。超能力者達の回収を終え、悪徳の畑から彼等が立ち去る頃になってようやく赤色灯が灯り始めたが、その頃にはパンドラのメンバーはまんまと逃げおおせていたのである。
テレポートで帰路につきながら、兵部が真木と葉、そして紅葉に語りかける。
「さてこの後は保護した超能力者達に説明をする役だけど」
「真木ちゃんがいいと思うわ」
「真木さんがいいと思いまーす」
「異議なし。ということで、三対一で真木に決定ね」
「紅葉、葉、それに少佐まで……!」
真木が口を挟むより先に多数決をとられてしまい、真木としては泣き寝入りを覚悟するしかない。
「と言いたいところだけど、今回は僕ら四人でやろうと思う」
「――何かあるの?」
紅葉がおそるおそる兵部に問いかけると、兵部は重々しく頷く。
「槇家組がやっていたのは大麻の栽培と精製、それに販売だ。それだけにしてはちょっと金回りが良すぎる気がするんだよね」
「なぁに、カネの話かよ?」
葉の言葉に兵部は頷く。
「特に超能力者達を無力化するために足に着けられていたECM。重しつきのあれは日本国内じゃバベルが収監した罪人に利用する以外、作られてないはずなんだよ」
真木もハッとする。バベルの刑務所内の様子は何度も見ているから、見覚えのあるものと認識していたが、あんなものが市場に流通していたら大変なことになる。
「バックにもっと大きい組織がいる、ってこと?」
「いろんな奴らの頭を覗いてみたけど、さっきの見張り含め槇家組関係者は組織の上については誰一人知らなかった。逃げおおせている組長をどうにかして捕まえないと」
「その為に、超能力者達から話を聞く必要があるってことね。――了解したわ」
空気がピンと引き締まり、一同の間に緊張が走る。兵部はこの空気が嫌いではなかった。
「そんな訳で、頼むよ。ひさしぶりに、ワクワクさせてくれるじゃないか」
それはまるで、鼠をいたぶる猫のように。
兵部は心の中で牙を剥いた。
楽しげに。愉しげに。
<終>
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題材[燃え盛る,愚者,見上げる,そこまでだ]時代物っぽくやってみよう!
なんか中途半端なんですがこれ以上拡げるとパンドラメンバー全員に見せ場を作る必要とかが出てきて回収できない悪寒がしたのでまとめてみました。
いつもありがとうございます~!
お返事