■無くしもの lost■
ほかの誰にも、知られてはいけない。
「紅葉ねーさん、本当にここなの?」
カタストロフィ号の甲板から突き出た艦橋、さらにその天井、いわば屋上にあたるところを這う二つの影があった。ひとつは紅葉、もう一つは澪で、問いかけた澪は少し不安そうな顔をしている。
紅葉としてもここだ、と断定できればいいのだが。
「船内のほかのところは、夕方のうちに九具津ちゃんにお掃除デコイ総出でこっそり探してもらったけど見つからなかったの。あと探してないのはここだけなのよ」
「なら、探すけど……深夜だし、力になれるかどうか……」
「ごめんね、澪」
「ううん、カズラ達も出ちゃってどうせ暇だったし」
よりによってサイコメトラがいない時に無くしものをしたなんて、しかもそれを極力他の面子には知られたくないなんて、紅葉らしくないというか。自分が探すことで見つかる確率が少しでも増えるならいいのだが。
「んー……」
屈み疲れて腰が痛い。澪が屈んだ姿勢のまま両手を突き出して伸びをすると、指先に何かが触れた。
「?」
もしかして、と慌てて懐中電灯で照らすと、小さな円形のものが落ちているのが見えた。
拾うとそれは指輪だった。ファッションリングというよりもおもちゃというほうが相応しい、小さくて華奢なプラスチック製で、ピンク色の石がセットされている。
「ねえねえ、もしかして、これ?」
そっと掴んで掌に置いたものを紅葉に見せると、サングラスをかけていない瞳がパッと輝いた。
「そう、これ!やっぱりここにあったのね」
差し出された指輪を受け取った紅葉が、澪の頭を撫でる。
「よかった、ありがとう」
「どういたしまして。ねぇ聞いていい?」
「ん?」
「それ、何なの。そんなに大事なものなの?」
澪に問われて紅葉は思い出す。それは血の繋がらない長兄から、自分も長兄ももっとずっと小さな子供だったころにもらったもので、受け取った時にはプロポーズかと末っ子にひやかされた。そういう思い出のある品だ。
「これはね、あたしが生まれてはじめてプロポーズされた時の指輪なの」
「ええっ!?」
仰け反る澪。と思うと次の瞬間にはマシンガンの如く質問が連射されてきた。
「相手は?どうしてそうなったの?おもちゃじゃないの?いつの話?小さい頃?もしかして少佐か真木さ――」
全部を言う前に紅葉が澪の唇に人差し指を当てる。次いで自分の口にも同じように当てた。
「ごめんね。乙女のヒ・ミ・ツ・なの」
「えー!」
プロポーズと聞いて澪にも女性らしい感情があるらしく、頬をピンク色に染めて期待に満ちた目で見上げてくる。
「そうねぇ……あたしがお嫁に行く時が来たら、教えてあげるわ」
「そんなぁ……」
「でも手伝ってもらったし、少しだけ」
紅葉が澪にウインクを投げかける。
「少佐じゃないわよ」
言われた途端に、澪の顔がピンクから赤に染まる。好きな人を当てられて、ほっとしたと同時に恥ずかしくなった、という感じだ。
「よかったわね」
「なななんのことか、わかんないんだからねっ!」
わたわたと懐中電灯を振り回す澪に、指輪を受け取った時の自分もこんな感じだったのだろうかと思うと、紅葉は少し恥ずかしさを感じながら、それでも心が温かくなるのを感じた。そうだ、こんな風に人は。
「思い出っていうのは時に心を温めてくれるから――」
たとえそれがおもちゃの指輪でも。
「どうしても、なくしたくなかったの。わかってもらえたかしら?」
澪は紅葉の顔と指輪とを交互に見ながらしばらく考えこんでていたようだったが、やがて真剣な顔をして頷いた。
<終>
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お題:「深夜の屋上」で登場人物が「頭を撫でる」、「指輪」という単語を使ったお話を考えて下さい。
登場人物とモチーフ的に、前に書いたものの続きみたいな感じです。小さい頃、おもちゃの指輪って妙に輝いて見えたなぁ、なんて思いながら書いてました。ちょっぴり真木紅葉テイスト?