季節ものです。おひなさま真木紅葉。
■リミット rimit■
カタストロフィ号のロビーを通りがかった葉が見たものは、十二段飾りのひな壇を設置する真木とマッスルの姿だった。
「どうしたの二人とも。大使館の仕事は?」
「今日はオフよん」
「手が空いたので船に戻ってきた」
二人とも葉に振り返ることなく作業を続けている。それが少し葉としては面白くなくて、二人の視界に収まるように飾られたひな壇の奥側に入り込もうとすると、そこには既にコレミツの姿があった。
「コレミツもいたんだ。なにしてるの?」
『見ればわかるだろう。ひな祭りの飾りだ』
「あー、もうすぐおひなさまだもんね」
女性の多いカタストロフィ号としては欠かすことの出来ない行事だろう。
葉は両手をひらひらとコレミツの目の前でひらめかせてみせる。
「俺も何か手伝おうか?」
『では、お手を拝借して――これを頼む』
「……なにこれ」
コレミツが葉に渡したのは両面テープだった。
「船が揺れるから、人形を固定しないといけないのよ」
マッスルとコレミツが葉の驚いた顔を笑いながら付け加える。
『釘やビスで止めてしまうわけにもいかない、苦肉の策というわけだ』
「なるほど」
葉がひな壇から遠ざかって人形の入っている箱のほうへと向かう。十二段のひな壇に飾る人形はわんさかあって、なんだか少し女性陣を恨みたい気分になる。それでもうきうきするのはきっと。
「なーんか春が来たって感じだね」
その時だ。一人の女性の声が振ってきたのは。
「なーにしてるの?おひなさまの飾り?」
「紅葉」
ロビーの階段の上から下を見おろして紅葉が興味深げに眺めている。
「その通りだ」
真木が紅葉に返答を返すと、紅葉は目を輝かせて階段を降りてくる。
「あたしも何か手伝いましょうか?」
「いいえ、手は足りてるわ。――葉ちゃんが手抜きしなければだけどネ」
「っ、マッスルひでー!」
とは言いながら一瞬でも両面テープをこっそり脇に置いて準備作業から遠ざかりたいと思った葉の言葉には重みがない。
「じゃああたし、葉を見張る係にするわね」
と言いながらロビーのソファに座り込んだ紅葉に、真木が声をかけた。
「組み立てと飾り付けはいいから、片づけの時よろしく頼む」
「いいけど、どうして片づけ?」
「しまい忘れると婚期を逃すらしいぞ」
ぴしり。
真木の言葉に空気が凍り付いた。冷気の出所は紅葉だ。紅葉に一番近い葉などは真っ青になっている。
「?どうしたみんな、手が止まっているぞ」
真木だけが、自分の失敗とその場の空気に気付かずに、作業を黙々と続けていたのだった。
<終>
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題材[飾られた,失敗,春,お手を拝借]ハートフルな感じでやってみよう!
ひなまつり準備ネタ。まだ若いから紅葉が行き遅れる心配なんてしてしなくてもよさそうですけどね。真木さんにだけは言われたくないんじゃないかな~とか思ってみたりして。
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