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hyoubutterのショートショートストーリー集
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終末 end of life

兵部とモブの話その2。


■終末 end of life■

 ただでさえ人の少ない深夜の病院、終末医療棟に忍び込むのは容易だった。
 天窓から差し込む月の光を頼りに病室の名札をあらためていく。
 無味乾燥な白い壁、白い天井、無個性に並ぶ扉のうちひとつの前で兵部は足を止めた。
「……こんなところに」
 面会謝絶の札やカギといったものはかかっていない。兵部は扉に手をかけるとゆっくりと開く。病室は個室にしてはやや広く、かわりに様々な機材がこれでもかとばかりに置かれていて、それらの触手のようなコード類は全てベッドの上の一人の人間へと伸びていた。
「起きてたのかい?」
 ベッドの上の人影は年の頃は70を過ぎているだろう。細く、小さく、肌は不健康に黒ずんでいて、首だけをこちらに向けるとぎょろりとした目が兵部を捕らえる。
「待っていました、少佐」
 兵部は男の声には応えずにつかつかと歩み寄ってその手を取る。
「脳梗塞、脳血管に血栓、首から下は麻痺……か。おまけに末期の膵臓ガンがあちこちに転移してる」
「寿命でしょうな」
 兵部をもってしても死に抗うことはできない。サイコメトリした男の手をベッドの上に戻すと兵部は珍しく溜息をつく。
「まったく、パンドラ医療研究部の主任が、自分の健康を一番わかってなかったとはね」
「さあ。わかっていたのかもしれません」
 ベッドの男がそう告げると兵部が眉間に皺をよせて男を睨む。
「なのに放置していたのかい?」
「……」
「死ぬつもり、だった?それは僕への裏切りだよ」
「そんなはずはありません。生きたいです。まだ成果の出ていない研究が山ほどあるのですから」
 レベルは低いがテレパスとして生まれ、医学に魅了されて研究畑を歩いてきた一人の老人。重大な過失で研究室を追われてからパンドラに拾われ、以来パンドラのためというよりは自分自身の満足のためにパンドラの医療部で働いていた。少し面白い新薬の発表が地方都市で行われるということで出かけた先で倒れ、こうして病院に運ばれてきたのだった。
 自らの体調を理解してから少しずつ研究を若い者に引き継いできたとはいうものの、心残りは沢山ある。
「死より研究が捗らないことのほうが心配かい?」
「もちろんです」
 声は枯れて、ろれつもうまく回らない。けれど兵部が苦笑するのにあわせて笑う。
「でも、引き時かもしれません。――ここはよくないですね。病院というのはとても怖い思念が渦巻いていて、テレパスには耐え難い」
 男がじっと兵部を見つめる。しばしの沈黙が訪れる。月が天窓にかかって桟の影が兵部の顔に翳りを落とす。
「パンドラに戻るかい?」
「そのつもりはありません。無縁仏として弔われるのが私には相応しい」
 老人が過去に起こした過失とは、研究の仮定で事故を起こし、研究室の人間を死に追いやったからだ。以来、男は家族にも見捨てられパンドラが早くから男にコンタクトを取っていなければとうの昔に自殺していただろう。
 だから、男は表面的な心残りはあっても、心の底では満足していた。エスパーの未来のためにいくらかでも貢献できた、その誇りを胸に眠りにつけたらどれだけいいだろう。
「少佐、お願いがあります」
「……承知してるよ」
 兵部が軽く屈んで男の首に手をかける。男は目を閉じてテレパスで兵部に語りかけた。
『ありがとうございます、少佐』
「ゆっくりお休み、――」
 最後に男の名を呼ぶと、兵部は自らの手に全神経を集中させた。人ひとり、安らかに逝けるだけの力を溜めるために。

 月明かりがやけに明るい。あのあと病室の機械をモニタしていた看護室の者達が男の容態の急変を察知してなだれ込んでくる前に兵部は病院を後にしていた。
「あんなふうに死ねたら幸せ、なのかな」
 兵部は男の願いを叶えることができなかった。兵部が男の名を呼ぶと同時に部屋中の機材が警告音を発し、あわてて脈を取るともう男の命の火は消えていた。
「死にたい時に死ぬ、か」
 なかなかできることではない。兵部だって自分は幽霊みたいなものだと思ってはいるが、執着はある。三人の女神達の成長を、エスパーによるエスパーのための新しい世界を、見届けるまでは死ぬ着はないし、見届けた後だって女神達が生きている限りきっと生きたいと思うに決まっている。
「――少佐!」
 遠くから自分を呼ぶ声が聞こえた。遠くから月影を背に飛んでくる影がある。
「どうでしたか?」
 近くまでやって来た真木が兵部の前に降り立つと、兵部は思い切り真木の胸に飛び込んだ。
「……少佐」
 真木が困惑している。兵部はぽつりと呟いた。
「彼は逝ったよ」
「……そうでしたか」
「最後は僕が看取った。苦しまずに逝った、安らかな死に顔だったよ」
「……はい」
「葬式は出さない。彼の希望で、無縁仏として弔われたいと」
「わかりました」
 真木の相づちを最後に兵部は黙る。真木のスーツをきゅ、と握り混む。
 真木はしばし戸惑っていたが、やがて意を決してそろそろと兵部の背に手を回す。
 いつもと同じ兵部の体躯が、今日はやけに小さく感じられた。
                                                                                     <終>
-----
お題:「夜の病院」で登場人物が「裏切る」、「月」という単語を使ったお話を考えて下さい。

パンドラのメンバーのお話その2。モブシリーズはこれで終わり、また通常営業に戻る予定ですのでよろしくお願いします。

いつも拍手ご感想ありがとうございます。励みになっております。

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