■マフラー Muffler■
その日、都内は何年ぶりかの寒波に見舞われ、マンションが断水するはめになった。
「どーしよー……」
薫が着換えを抱えてシャワールームから出てくる。薫の前にも葵も紫穂も同様に蛇口を確かめたが、水は出てきてくれなかった。
「飲み水の類は皆本さんが準備してあったのがあるからいいとして、問題はお風呂よね」
「隣に借りに行っても同じことやしな」
隣、という単語でソファに身体を投げ出していた紫穂ががばっと起き出した。
「なぁに紫穂、どうしたの?」
「そうよ、隣に行けばいいんじゃない」
「行ってどうするねん」
きょとんとしている葵と薫に向かって、紫穂はウインクをしてみせた。
「皆本さんと温泉に行くのよ」
コートに手袋、手提げにお風呂道具を入れて三人娘が隣の部屋を襲ったとき、皆本は留守だった。
「えー、どこに行ったの?」
「断水が続いた場合を想定して緊急用の缶詰などを調達してくるとの話でありました」
バレットが皆本の行方を三人に告げると、三人は明らかに溜息をついた。
「おいバレット、何か悪いこと言ったのかよ」
「事実を述べただけだが……」
ティムがバレットに問いかけるのにも気付かず三人はぼそぼそと話す。
「皆本はんと温泉のはずが……」
「戻るのを待つのではいけないのでありますか?」
ティムが提案するが、三人は揃って首を振る。
「っていうかー、身体が温泉モードになっちゃったよ!温泉入りたい!」
「あたしもよ、薫ちゃん」
「ほな、三人で行こか……」
はぁあ、と溜息を零してその場を去ろうとした三人だったが、葵がはたと歩みを止めてバレットたちに向き直った。
「な、二人も一緒に行かへん?」
「そーだなー、どうせこっちの部屋だってシャワールーム使えないんだし」
「しかし我々で本当にいいんでありますか?」
薫の言葉にティムが問いかける。温泉とザ・チルドレンの組み合わせといえばいまいちよろしくない思い出があるからだが。
「そーいやーそんなこともあったっけ」
「今日は大丈夫じゃない?」
「なんでそう言い切れるねん?」
「賢木先生がいないから」
紫穂の指摘に、薫と葵、それにティムとバレットは大きく頷いた。
幸い歩いていける距離にスーパー温泉がある。ティムとバレットの支度が済むのを待ってから五人は揃ってそこに向かう。
「マフラーがないと寒いわね」
「ここはやっぱり赤い手ぬぐいをマフラーにしてだな~」
「薫ちゃん、ネタが古すぎるわ」
「それにその場合ウチら女性が待たされることになるやろ。勘弁や」
三人は先に立ってきゃっきゃと談笑しながら吹雪の中を寒そうにして歩いている。後ろに続くバレットがティムに話しかける。
「本当に大丈夫だと思うか?何かあったら俺達、責任取れないぜ」
「発想を変えてみよう、今回無事に行って帰って来れたなら、賢木先生も皆本主任も俺らを見直してくれると思わないか?」
ティムの脳天気な提案に、バレットは親指を立てて屈託のない笑顔で賛同した。
やがて行く手に目当てのスーパー温泉が見えてきた。入り口付近の発券所で入浴券を買うと、受付に持って行ってそれぞれ男湯と女湯の場所を説明される。
途中で男女でわかれると、おのおの思い思いに入浴を済ませ、玄関前のロビーで落ち合う。
「帰りましょ」
のひとことで五人はまた外に出た。
「本当になにもなかったな、ティム」
「嬉しいけど、ちょっぴり寂しい気もするのが不思議であります、バレット」
先に歩く三人の後ろでティムとバレットはマフラーを取り出すと首に巻いた。
それをたまたま見ていた薫が。
「おっと二人ともズルいなぁ、マフラーなんか出しちゃって」
「裏切り者は奪っちゃいましょうか」
「賛成や!ほないくでー!」
と三人にはぎ取られ、二本のマフラーが少女達の手に委ねられる。
「自分はいつ裏切り行為をしたのでありますか」
涙ぐむティムに、バレットは沈痛な面持ちで頷いて首を振った。
「しまった、三人なのに二本しかないとはこれいかにっ!?」
薫の脳天気な声が、夜の道に響き渡っていた。
<終>
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お題:「夜の温泉」で登場人物が「裏切る」、「マフラー」という単語を使ったお話を考えて下さい。
ティムバレがいろいろ残念で愛おしいのです。服のセンスとかそそのかされっぷりとか貧乏くじ引いちゃうところとかまぁいろいろと。
はじめての方も怖がらずレッツ拍手!