■古城 castle■
昔むかしあるところに、古ぼけたお城がありました。
がけの上にそびえ立つお城は三日月の光を浴びて朽ち果て、人の気配はもはやどこにもありません。
――のはずが。
「ずいぶんここも崩れちゃったね」
宙を舞う三つの影のうち一番小柄な影が呟くと、黒い翼を生やした影が頷く。
「一昨年、大きな嵐があったとかで」
かつては趣のあった石造りの古城であっただろうが、今となっては屋根は剥がれ柱は崩れて一部土塊と化している。
「あっちの厩のほうがまだ原形をとどめてますね」
「ふうん」
翼のある影――真木が兵部にそう言うと、残りのひとつの影、葉がつまらなそうに相づちを打つ。が、そんな葉には構わず兵部は厩のほうへと飛んでいく。
「ちょっと、なに?」
「懐かしいのかもしれないな」
疑問に応えたのは真木だった。兵部を二人で並んで追うような形になりながら真木はなおも話を続ける。
「お前もここに住んでいたことがあるんだぞ、葉」
「えっ、こんなボロ城に?」
「少佐がこっちの地方で取引があってな、野営まがいのことをして過ごしたんだ。――覚えていないか」
「ぜんぜん」
よくもまぁこんな、今にも崩れそうなというか、今となっては既に朽ち果ててしまった城で生活してたなぁとしか思えない。そこに懐かしさや思い出はない。
「あんなにも立派な城だったのにねえ」
前方を飛ぶ兵部が振り返って二人に話しかける。葉は真木に訊ねてみた。
「なに、昔は綺麗だったの?」
「いや、すでに崩壊は始まっていたがな。それでも城だったんだ。俺達と、お前にとって」
「へー」
ここでようやく兵部に追いつくと、地面に降りて厩の中を覗き込んでいる。葉と真木も地上に着地すると兵部の後を追う。
「なんか思い出すなぁ、葉がここに隠れてさ、なかなか見つからなかったんだ」
「そうでしたね」
くすくすと二人で笑いながら自分の方を好奇の目で見られて葉は内心面白くない。
「どーせ俺はガキで、覚えてませんでしたよ!」
「あれ、なんかますますデジャヴだな。前もこんなことなかったっけ?」
「ありましたよ。この城のロマンチックさが分からないなんて子供だ、って紅葉に言われて、それでふてくされてこの厩に隠れたんですよ」
「そうだったそうだった」
兵部と真木とが笑いながら厩の中を確かめていく。なにが懐かしいのか何が珍しいのか、葉にはさっぱりわからないので上を振り仰いで三日月を見る。その時。
「――葉!」
真木が葉を呼んだ。よく見るとどこに忍ばせてあったのかペンライトをつけて厩の奥で屈み込んでいる。兵部が興味深そうに真木のペンライトに照らされた箇所を見て笑っている。
「なにさ」
「こっち来て見てみろ」
葉の足の高さにある壁が照らされていて、赤い煉瓦を見てみるとそこには白い何か模様のようなものが見えた。
「これ――」
「お前の字だろ、葉」
「間違いないね」
そこには大きく、白い文字で『もみじのわからずや』と書かれてあった。チョーク状の石か何かで書いたようだ。
兵部と真木が爆笑しているので、葉もばつが悪いながらも一緒に笑う。
「参ったなー、紅葉には内緒ね?」
「勿論」
「どうしよっかな~」
「ちょっとジジイ、マジ勘弁!紅葉に言ったら殺される!」
オーバーに身を竦めてみせた葉に、兵部と真木はまたひとしきり笑ったのだった。
昔むかしあるところに、古ぼけたお城がありまして。
古ぼけたお城には、思い出がいっぱいつまっているのでありました。
<終>
-----
お題:題材[古ぼけた,三日月,朽ち果てる,あんなにも~~だったのに]童話風にやってみよう!
末っ子葉ちゃんが愛されてる描写をたまには。
いつも拍手ありがとうございます~