■海辺にて massage of sand■
海が見たいと言い出したのはどちらだったか。季節はずれだから人もいないだろうしきっとロケーションは最高だろう、ということになって、早朝から電車に揺られて海岸へたどり着いた。
その頃にはすでに雨になっていて、雨を含んで黒ずんだ砂の上をカガリと東野は歩く。
「はぁ……」
東野はため息をつく。
「どうしたんだよ」
カガリの目から見て、東野の様子は最近少しおかしい。最近といってもここ数日の間だが。
「あのさ、俺さ……」
「ん?」
東野が歩みを止めて口を開く。頭を俯かせ、顔が見えない角度に傘をさしているのでその表情は読み取れない。
「キス……しちまった」
「は?」
「この間!ちさとと!!」
「あー……ええと……」
何だそのことか、とは言えない。実はカガリはカズラ達から事の顛末をとうの昔に聞いていたのだった。
「信じられないのも無理ないけど、俺とちさとはまだこ、恋人じゃないっていうか、いやまだっていうかこれからっていうか……あーもう!とにかく!しちまったの!!」
「うん、それで?」
「それで、って……そんだけ?」
渾身の告白だったのだろうが、カガリのいまいちテンションの低いリアクションに、東野が詰め寄ってきた。
「何も思わないわけ?」
「えー……何もっていうか……」
正直、そのことについては何も考えていなかったし、大したことだとはあまり考えていなかった。なんて言えない。
「おめでとう?」
思わず語尾が疑問形になる。
「ありがとう?っていうか、そりゃ、ちさとは嫌いじゃないけどさ、まだ早いって思うわけよ」
「うん、それはそうだろうな」
「でも一緒に登下校とかする訳じゃん、これからも。その時に雰囲気が微妙になったりしたら悪いかなと思って、お前には言っておかないとと思ったんだよ!」
「ああ、なるほど。わかった、気ィつけるよ」
「それだけ??」
「うん」
カガリが頷くと、ずっと顔をゆでだこみたいに赤くしていた東野ががっくりと肩から力を抜いた。
「なんか、俺一人だけ騒いで馬鹿みてー」
「そんなことないぞ。一般の中学生にはちょっと早い展開だと思うしな」
うんうん、と頷いていると、こちらをじっと見ている東野と目があった。
「なんでそんな冷静なの?」
「なんでって……なんでだろう」
東野の真っ直ぐな視線に堪えきれず目を逸らす。この話題は触れてはいけないものなのだとカガリの理性が警鐘を鳴らしていたからだ。
照れくさいとか、ぎこちなくなるとか、そういうレベルではなく。
「なんていうか、キス、とかハグとかって、あんまり珍しいものじゃないって思うっていうか……」
「お前の生まれたところはそうなのか?やっぱ日本人ってカタい?」
「生まれたところというか今住んでるところっていうか。いや俺だけかもしれないけど」
自分がマイノリティであることをカガリは十二分に自覚していたから、うかつなことを言わないように言葉を選ぶと、自然とぶっきらぼうな感じになってしまう。
「だからって俺のほうが進んでるとか、そういうんじゃないぜ?ただ……」
ただ――そこでカガリの言葉は止まった。続きが出てこない。簡単なことなのに。
ただ、そんな風に皆に冷やかされるような『普通の』キスに慌てる東野が、『普通の』男女関係を築いているちさとが、少しだけ羨ましいだけなのだ、というだけなのに。
「ただ?」
「ううん。なんでもない」
俯くと、視界に移る砂は傘から落ちる滴を音もなく吸い込んで、それでもまだ雨は降り続いていた。
<終>
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お題:「早朝の海辺」で登場人物が「告白する」、「傘」という単語を使ったお話を考えて下さい。
本誌さぷりめんとの「キスってしたことある?」からの連想ゲーム状態です。薫の一言がここまで波及するとは。(前回も微妙にネタにしましたが)
気付いた人は気付いたかもしれませんがこのカガリは葉ちゃんとよろしくやってるカガリでございました。