■日直 afterschool■
時刻は夕方、場所は教室、人影は二つ。
「マジ勘弁。授業の内容とか覚えてないし」
髪の長い方の男子――カガリが自らの髪に手を差し入れてぐしゃぐしゃとかき回す。もう一つの影――東野がそれを見てくすりと笑った。
「鼻で笑うなよ」
「だってお前が授業真面目に受けてないのが悪いんだろ?」
ひとつの机に向かい合うように座った東野の目が心底楽しそうに笑っている。
「……うっせーな、だって日直とか知らなかったし。なんで今日に限って黒板消しが俺なんだろうぐらいにしか思わなかったんだよ」
「だからこうして俺が残って指導してるだろ。わかった、授業の内容は俺が書くから、お前は他の所考えてろ」
「他の所って……」
今のところ埋まっているのは日直名・火野カガリの部分と、授業の時間割だけだ。逆に一切埋まってないのは、一番下の欄「今日の主な出来事」と「日直の感想」である。
「今日の主な出来事ぉ~?」
今日は特にプールの授業があるわけでもなかったし、カガリにとっては本当に退屈以外の言葉が浮かばない。授業の内容は大筋で理解しているものばかりなので聞き流しているだけでそれなりについていけてしまう分、余計に眠気との戦い以外の何者でもなくなってくる。
時間割通りに授業の内容を埋めていく東野がカガリに気をとられた隙に、日直表をくるりと自分の側に向けると、「今日の主な出来事」欄にがりがりとシャープペンシルで書き込んでいく。
「どうよ?」
「……ダイナミックだな」
カガリが書いた言葉は一言、「たいくつだった」である。
「駄目かよ」
「普通に考えて駄目だろ!もっと考えろよ、なんかあるだろ、もっとマシなの!」
「え~。喜びも悲しみも共有しようぜ、東野が書けばいいじゃん」
「俺は先生に頼まれたボランティアなの、悩みは共有しろって言われたけど、俺が書くべきものじゃないんだから」
せっかく書いたのを消しゴムで消されてしまい、カガリは口を尖らせる。
東野がひとつ大きく伸びをする。
「お前の気持ちはわかるけど、さー」
そして右手に持ったブルーのシャープペンシルをくるくると手の指で回すと、カガリの目が輝いた。
「すげえ、なにそれ!」
「なにって……ペンを回してるだけだけど」
くるくると自在に手の上でペンを回すと、よほど感動したらしいカガリが身を乗り出してくる。
「教えて!俺にもそれ」
とカガリから必死の表情で言われると、東野もまんざらではない。
「そ、そお?じゃあまず、指をこういう形にして、親指を内側に入れて爪の上にシャーペン置く感じで」
「こう?」
「そうそう、そのままこう、回す」
「こう?ああー!」
東野の指の上のシャープペンシルは綺麗に回ったが、カガリは手から取り落としてしまう。
「あとはひたすら練習。でもこれ、やると受験に落ちるとかいうジンクスがあってさー」
「東野ここの受験受かってるじゃん」
「言われりゃその通りだ……って、そんな暇ないんだって!」
東野が再びペンを握り、六限目までの授業の内容を書き出す。カガリが時計を見るともうすぐ五時を回るところだった。
「今日の主な出来事……日直の感想、ねぇ」
ここで東野の真似をしてペンを回してみるが、案の定机の上に落ちて、東野の手元に転がっていく。慌てて拾うが、東野の視界に入ってしまったらしく、むっとした顔で日直表を突き返してきた。
「練習してないで書く書く!ほら俺が授業の方は書いておいてやったから」
「はいはい」
いい加減、たしかに東野につきあわせるのも悪いと思い、必死で考えたことを空欄に書き出す。
今度は胸を張って東野に日直表を渡した。東野が記入された部分を声に出して読む。
「主な出来事……東野くんに色々教えてもらいました。日直の感想……上手く回せなかったので次からもっとうまく回せるようにしたいです……」
東野は目を瞑ってしばし何かを考え込むような顔をしたが、すぐにいつもの陽気な顔に戻る。
「ま、嘘は書いてないな」
「だろ?」
「じゃ、出しに行くか」
東野が立ち上がるとカガリも立ち上がる。手には日直表を持って。
「あ、帰りにソーダ買って帰ろうぜ」
「百円ソーダか、カガリのおごりな」
「えーー!って、今日はまぁ仕方ないか」
職員室への道のりよりも、学内の自動販売機のソーダへの道のりを頭に浮かべたカガリと東野だった。
<終>
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お題:「夕方の教室」で登場人物が「共有する」、「ソーダ」という単語を使ったお話を考えて下さい。
百円ソーダって何?って言われるかもしれませんが、学内って変なものが安く売ってたりするので、まぁそういうものだと思っていただければ。
この二人、仲良しから発展しませんねえ。(させたいのか!?)
日直のくだりは堀田きいち先生の「君と僕。」ボイスドラマを参考にさせていただきました。聞き直したいのにCDが行方不明に・・・!(涙)
いつも拍手ありがとうございます!感想もありがたく読ませていただいております!