■携帯電話禁止令 phone■
寝ぼけた目を擦りながら廊下を歩いていると、向こうから来た人間にぶつかってしまった。
「あ、悪ィ……」
自分より幾分か背の高いその人物を見上げようとした時、急に背中に手を廻して束縛されてしまった。
「!?」
焦るカガリの目に映ったのは、いたずらっ子のような顔でカガリを抱きすくめている葉の笑顔だった。
「おはよー、カガリ君。俺にも気付かずに何寝ぼけてたのかなー?」
「悪ィって言ってんじゃん!謝るよ、ごめんなさい。ほらこれでいいだろ?」
「なーんか誠意が感じられないんだよなぁ」
「ホントに悪かったってば!」
会話を交わしている間にもぎゅうぎゅうと抱き締められて、そろそろ息が苦しくなってきた。普段の葉からは伺うことの少ない、成熟した大人の筋肉とはカガリが身をよじった程度では束縛から逃れる程度のこともできないという事実が目の前にあって、それが、なんだか悔しい。
「あ、そう?」
と思うとぱっと手を離されて身体が離れる。が、背に回された手はそのままで、微妙に密着したまま葉が口を開く。
「何考えてたのかな?」
「いや、今日どこ行こうかなとか」
今はまだ早朝だ、休日はよほどのことがない限り朝食の時間ギリギリまで寝ているカガリがこんな時間にうろついているのは珍しいから訊いてきたのだろう。が、それを言えば葉だってこんな時間にこんな所で出会うことはまずない。
「葉兄ィこそ、なんでこんな時間に起きてんの?今日日曜だぜ?」
「昨日特にやることもなく部屋でぼーっとしてたらいつの間にか早く寝ちまったんだよ。で、カガリはどこに行くつもりなの?」
「まだ時間もなにも決まってねーし、向こうがどこ行きたいって言うかもわかんねー。連絡待ちってとこ」
「向こう?」
「東野たち……クラスメートだよ」
「ふうん?」
葉が思わせぶりにそう言うと、カガリはなんだか葉に悪いことをしているような気になる。なんとなくバツが悪くて身体を動かすと、手にポケットの携帯電話が当たった。とっさに言い訳が口をついて出る。
「そう、携帯にメールが入ることになってるんだよ。今の停泊場所だとギリギリで電波届くし、衛星回線もあるからさ」
「気にいらねー」
「え――ひゃあっ!?」
束縛していた腕を脇の下に入れたかと思うと、葉はカガリをくすぐり始めた。
「ひゃっ、ちょ、ちょっと、うひゃあ!ひゃはははっ!」
「なーんか気にいらねー。昨日俺の部屋に来なかったのも、早起きして俺以外の奴と出歩くのも、どーしてか気にくわねえ!」
「ちょ、ひゃはっ、勘弁っ!あっはっはっはっは、葉兄ィ、やめ――」
本気でカガリが逃げの姿勢にはいると、今度は葉はぴったりとカガリをくすぐるのを止めた。
「はぁ、は……葉兄ィ?」
「どこにでも行ってしまえ。電車に遅れても迎えに行ってやんねー」
「そんな遅くまで遊ばないって!多分……」
「多分、ねえ」
多分、という部分にたっぷり含みを持たせた葉の口調に、特に悪いことをしている訳でもないはずのカガリの良心が痛む。
「――わーった。そんな遅くまで出歩かない。だから機嫌直してよ」
「俺?機嫌、いいよ?」
「嘘つけ……」
カガリの言葉を黙殺して、葉はきびすを返す。
「ん?」
「まだちょっと飯まで時間あるから寝てくるわ」
その言葉だけを残して、葉はスタスタと早朝の廊下から去ってしまった。
「……なんなんだよ、一体」
その続きは、なんとなく葉のいる方へ行く気になれなかったカガリが早めの朝食のベーグルサンドをほおばった時、ポケットの携帯が鳴ることによって再開した。
「東野……じゃねーや」
メールは葉からだった。件名には「俺の分も朝食」、本文に「俺の部屋」とだけ書かれてある。
「メールしてる暇があるならダイニングに来ればいいのに」
カガリの独り言は誰にも聞かれることはなかった。
ドアをノックされて、カガリがやって来たのであろうと当たりをつける。
「どーぞ」
葉の部屋の扉をくぐって入ってきたのはカガリだった。葉は内心でほくそ笑む。
「持ってきたよ、メシ」
「サンキュ」
まだ少し会話がぎこちないのは、先ほど妙な別れ方をしてしまったせいだろう。
カガリは葉が機嫌が悪いと言ったが、もしかしたら本当に機嫌が悪いように見えているのかもしれない。まあ、最上級にハッピーな気分ではないという自覚はあったから、譲歩してカガリをテーブルに誘う。
「そこに置いて」
「ん」
まだカガリがぎくしゃくしている。もう一度くすぐってやろうかとも思ったが、その考えは却下して、ベッドの上からカガリを手招きした。
「機嫌、なおった?」
葉の隣に座ったカガリが話しかけてくる。
「だから機嫌悪くなんかねーって」
「嘘」
ぐい、とカガリの両手の平に頬を包むように掴まれて、至近距離で目を合わさせられる。
「……こういう顔をしてる奴が機嫌いいわけねー」
そういうカガリも少しだけ口を尖らせている。
「キスしたら、直るかも」
我ながら頭の悪いことを言ったと葉は後悔したが、カガリは僅かに頬を染めると葉の唇に自分のそれを重ねてきた。そしてすぐに離れる。
「これでいい?」
「……まだ」
カガリのポケットから覗く携帯電話を見つけて、葉は自分がそれにこそ固執していた事に気付いてポケットから抜き去る。
「なに?」
「俺の部屋にいる間は携帯禁止。メールも、電話も」
カガリは少し目を見開いて驚いたようだったが、しばし思案してこくりと頷いた。
「わかった」
「それなら、よろしい」
今度は葉から唇を寄せると、カガリが瞼を閉じる。それを横目に見ながら葉は手に持ったカガリの携帯電話の電源を素早く切ると、カガリの唇にキスを落としながらも、ベッドサイドから一番遠いところへと携帯電話を滑らせた。
<終>
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お題:「早朝の廊下」で登場人物が「くすぐる」、「メール」という単語を使ったお話を考えて下さい。
新春スペシャルはカガリと葉になりましたー。
携帯はゴミ箱に入れたほうがよかったのか、電池パックを抜き去ったほうがよかったのか、などなどちょっとまだラストに納得いってません。もちろんカガリは電源落とされてることに気付かずに連絡来たら出ようみたいな受け身なことをしている間にクラスメートとの約束は守れないというオチがつくのは同じなんですが・・・。
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