■下見 passage in school■
学校から帰路につくために鞄を手にさげ廊下をぶらぶらと歩いていると、後ろから声をかけられた。
「カーガリ♪」
ひどく嬉しそうな声には聞き覚えがあり、けれどこんなところで聞くはずのない声だった。
「葉兄ィ!?」
振り向いたカガリが見たもの、夕方の光を浴びてそこに立っていたのは間違えようもない藤浦葉その人で、見慣れない眼鏡をかけ、片手を振っている。
「なんでこんなとこにいんだよ?」
慌てて駆け寄る。幸いにも、夕方の廊下に他の人影はない。
「下見」
「ハァ?」
上から下までよく見ると来客用のスリッパを履いている。
「事務室の前通ってきたのかよ?手荒なことしてねーだろーな」
「大丈夫。父兄ですよーって顔をして通ってきたらなんも言われなかった。もし見とがめられても変装してるし」
「変装って、その眼鏡?」
「そう」
ラフな普段着に合わせたカジュアルなフレームの眼鏡は、似合ってはいるが変装と言うにはあまりにお粗末ではないだろうか。
怪訝そうな顔を見とがめた葉が口をすぼめて異論を申し立てる。
「なんだよ、澪達がお前が一人だけ居残りだって言うから迎えにきてやったのに」
「確かに迎えをよこしてくれとは言ったけど、中に入っていいわけねーだろ。仮にも学校だぞ?」
ただでさえ異色の転校生集団として注目を浴びているというのに、この上葉まで絡んできたらどうなることか知れたものではない。
「細かいことは気にすんなって。それよりお前も堂々としてろよ」
こんな時の葉の図太さには驚かされる。単に何も考えていないだけかもしれないが。
「大体なんだよ、下見って」
「ああそれ?だって俺ら、文化祭来るもん」
それは先日澪達とカタストロフィ号に戻った時に、兵部が幹部に話しているのを聞いた。
「で、色々とね、わかるだろ?」
「わかんねーよ!」
「じゃあ発想の転換。密会に来たってことにするか」
ますますわけがわからない、と言おうとしたところに二の腕を掴まれて、カガリが反射的にふりほどこうと抵抗したにも関わらず強い力で引き寄せられて頭の後ろを押さえられ、瞬く間に唇を奪われた。
「んー!?!?」
こんな強引な葉は見たことがない。こんな強引にキスされるのもはじめてだ。クエスチョンマークが頭の中を巡り、その感情は顔にも出ていたはずなのに、葉は眼鏡越しの瞳を閉じることもせずに唇だけを食み続ける。
「っに、すんだよっ!」
必死に抵抗してようやく葉の手を振りほどくと唇も離れる。おもわず非難の言葉が口をつくが、葉はそ知らぬ顔をしていた。
「お前に会いに来たってことにしといてやるよ」
「おい、ふざけんなって」
「ふざけてねーよ?これで、この廊下通るたびにお前は今のこと思い出すだろ?」
「ちょっ……」
「忘れるなよー」
きびすを返して玄関に向かう葉を呆然と見る。あわてて追いかけたが、頬が熱い。
忘れられないキス。
悔しいけれど、葉の言うとおりになりそうだった。
<終>
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お題:「夕方の廊下」で登場人物が「密会する」、「眼鏡」という単語を使ったお話を考えて下さい。
文化祭の準備が始まる前くらいを想定しています。
これを書いた後に本誌のちさとちゃんと東野君のチュウ♪が出てきてデジャヴに陥りましたとさ。
お返事