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hyoubutter short story

hyoubutterのショートショートストーリー集
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雲海 sea of cloud

真木さんと兵部さんで酒盛りです。


■雲海 sea of cloud■

 雲の上は地上とは別世界だ。今宵は月が明るいから、夜更けでも窓から雲海がよく見える。地上からは月の見えない夜になっているだろうが。
 雲上を飛ぶカタストロフィ号の一室、窓際のテーブルの上にはブランデーのボトルに、グラスが二つ。兵部が真木に言って持ってこさせたものだ。
 掌で掬うように持ち上げてグラスの中身を回すと、滴がゆっくりと流れて落ちる。それを兵部はじっと見ていた。
「酒はやらないんじゃなかったですか」
「いいだろ、たまには」
 掌の温度になる前のブランデーの香りを楽しみながら、二人がけのソファに座ったままの兵部がグラスに口をつける。真木もブランデーを舐めるように味わう。と、芳醇な香りが胸に広がる。
「真木、ついで」
 一人がけのソファのほうに座っていた真木のほうへ、兵部があけたグラスを差し出してきた。
「全部飲んだんですか?」
「別に大した量じゃないだろ」
 大した量じゃない、という言葉に少し眉を顰めた真木だったが、すぐに諦めた。
「わかりました」
 確かに最近は体調も悪くないし、薬とあわせて飲んでいるというわけでもなさそうだし、と誰に対してか言い訳しながら真木は兵部のグラスにブランデーを注ぐ。兵部はまたすぐにアルコールに口をつけた。
 一応チーズとクラッカーもテーブルの端に用意しているのだが、そちらには全く見向きもせず、兵部は再度グラスを差し出してきた。
「真木」
「もう飲んだんですか?」
 見るとグラスがまたしても空だ。真木に咎められるのを見越していたのだろう、兵部は涼しい顔をしている。
「悪いかい?」
「それは……」
 悪いもなにもない。ブランデーとは本来そういう飲み方をするものではない。少なくとも普段の兵部ならそう言うはずだ。マナーには煩いところのある人だから。なのに。
「酔いたい日もあるさ」
「――何かあったんですか」
「何か、ねぇ……ああ、そういえば今日は伊八号を見に行ってきたよ」
 伊八号。戦中に改造された超能力を持つイルカの脳。兵部の力ではその脳の持つ予知ヴィジョンを読み取ることができる。そしてそれは刻一刻と変化するはずの代物らしいのだが。
「良い変化はありましたか」
 答えを予測しながらもブランデーを注いだ後に真木が問うと、兵部はグラスを口に運びながら答えた。
「別に、特に。――ねえ真木、僕は何のために代わり映えしないヴィジョンを見に何度も足を運ぶんだろう?」
「……飲み過ぎではありませんか」
 ボトルを置いた真木の視界で、兵部はブランデーのグラスの口から中を覗き込むように、ここではないどこか遠くを見ている。
「言ったろ、酔いたい日もあるって」
 変えられない未来が歯がゆくて、けれど今すぐ何か行動を起こしたとしても必ずしも良いほうへと変化するとは限らず、ただじりじりと時を過ごす――そんな日もある。今の兵部がそれなのだろう。
 今ならわかる気がした。何故なら『未来』を『兵部』に置き換えるとそれはそっくり真木の心境と同じだからだ。
 真木も自分のぶんのグラスを手に取ると、グラスの下方に沈む深紅の液体を一気に飲み干す。普段は決してしない行為、兵部はそんな真木が見えていないはずはないのに、相変わらずどこか別のものを見ている。真木ではない何かを。
 なれば、と真木は席を立ち、兵部の後ろに回り込む。
「――真木?」
 グラスを持ったまま上を扇ぐ兵部の手からグラスを取り、テーブルに置くと、仰向けになったままで唇に触れるだけのキスをする。
「どうしたのさ、珍しい」
 唇を離すと真っ先に兵部が真木に問いかけてきた。
「酔えない酒に酔ったふりはやめて下さい」
 こんなことをしなくても、次に兵部が何を求めてくるかは大体わかっているつもりだ。
 けれど真木の達観を見抜いたのか、兵部は唇を尖らせて異議を唱える。
「同情ならやめて欲しいね」
「そういうたぐいのものではありません」
 そんな綺麗な感情ではない。もっとエゴにまみれた、これは自己陶酔に近い。
 兵部の意志に構うことなくソファの背ごしに顔を引き寄せながら、再度唇を寄せて触れるか触れないかの距離で囁く。
「飲むなら、俺に酔って下さい。溺れるなら、俺に溺れてください」
 そしてまたキス。啄むだけのつもりが、次第に熱を帯びた接吻になり、やがて二人の舌を絡ませ合う。
 何のことはない。自分が目の前にいるのに自分を見てもらえないことが悔しいだけだった。
 想いをぶつけるような長い口付けの後に、唇と唇の間にかかった透明な糸を舌なめずりをして舐め取った兵部が、小さく呟いた。
「君のほうが飲み過ぎなんじゃないの?」
 その声に含まれる笑いが、たとえ嘲笑だったとしても、先刻までの沈んだ声よりずっと心地よくて。
 真木は兵部の正面に回ると、アルコールに酔うにはあまりにも華奢な体を強く抱き締めた。
                                          <終>

-----
題材[雲の上の,夜更け,抱き締める,やめて]

 ブランデーはワインより大人の飲み物、というイメージがあります。普段飲まないので描写が非常に難しかったです。まだ子供なんで。(・・・)
 今年最期の作品になります。次は1月1日の更新になると思います。乞うご期待!

いつも拍手ありがとうございます。がんばってます。・・・のつもり。

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Comment

お返事

  • 横山(仮名)@管理人
  • 2011-01-03 00:51
  • edit
>みさき様
 こちらこそおつきあいいただきありがとうございました~。3月のプチオンリーは参加の方向で動いていまする~。もしやみさきさんも見えられるので?ワクワク!
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