■牢獄 prison■
誰も入れないはずの牢の扉が開く音と同時に、周囲にかけられていたバリアが消えるのを見て、兵部は驚いて辺りを見回す。
ここはバベルの特殊監房。世界で一番超能力セキュリティの強いと言われている部屋だ。少なくとも今回ここに入って以来、こんなことはなかった。
立ち上がって見える牢の扉の向こうにはひとつの人影があった。
「真木……!?」
背こそ高くないものの今後の成長が目に浮かぶような長くたくましい手足。癖の強い黒髪を長めに伸ばし、十代特有の荒削りで強い意志を宿した瞳が兵部を見つめている。
立っていたのは間違いなく兵部が拾った血のつながりのない三人の子どもの長子――真木だった。
「少佐……!」
真木は駆け足で兵部に近寄ってくる。兵部はただ棒立ちになってそれを見つめていた。
「どうして、ここに」
「会いたくて。貴方に会いたくて……!」
恋焦がれた人物をその手の届く範囲に捕らえた真木は、躊躇うことなく兵部を腕の中に抱きしめる。
「少佐、こんなところ、今すぐ出ましょう。今なら、葉が外で騒ぎを起こして、紅葉がこの部屋の全システムを掌握してます」
「君たちは、いつの間にそんな……」
驚いた。実際に真木がここにいるということは、本当に、この監房へと潜り込んでくるという荒技をやってのけたのだ。それだけ、子ども達は成長していたのだ。
「少佐、戻ってきて下さい」
「駄目だ」
「え……?」
押しのけるように真木から身体を離すと、真木の傷ついた顔が見えて心が痛む。
「こんなことは二度としちゃいけない」
「少佐?」
真木はまだ、何を言われているのか分からないという表情だ。
「どうしてです?この間は管理官のところにだって忍び入った。俺達ももうただの子供じゃないんです。少佐と一緒に戦えます!」
「これも全て君のためだよ」
「言っている意味がわかりません!」
真木が乱暴に吐き捨てる。
そんな真木の両頬を掌で挟むと、兵部は子供に言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「君たちがここまでやってこれるような技術を磨いていたことは、素直に嬉しい。けれど僕はまだここから出る訳にいかない」
「少佐……」
「時が来れば、僕が自分の力でここから出ていくよ。今までより頻繁に戻るように回数も増やすから、だから我慢して」
真木は唇を噛む。逡巡している顔だ。兵部の命令と、自分の中の想いとで揺れている。
「君たちは僕なしでそこまで技術を磨いた。この先も、幹部として成長してくれるって信じてる。そのためには僕がいないほうがいいんだ」
「そんな……そんなことって……!」
「大丈夫。君たちなら出来る」
「俺達の気持ちは置き去りですか!」
泣きそうな目をした真木につられて、兵部も泣きたいような気持ちになる。けれどこの激情に流される訳にはいかない。もっと長い時間を要する戦いがこれから待っているのだ。
「君たちを、信じてる」
「……ずるいです、少佐」
真木が項垂れる。頬を挟んでいた手を離して、兵部は真木を見守った。
「時が来たら、本当に俺達のところに戻ってくるんですね」
「約束する」
「……なら……待ちます」
血を吐くような声で真木がようやく返事をすると、兵部の緊張も解けた。
「会いに来てくれたこと、素直に嬉しかったよ」
真木の返事はなかった。もう一度兵部を抱きしめる。兵部はその腕にされるがままに身体を預けた。
「俺も逢えて、嬉しかったです。少佐」
しかし真木はすぐに手を離すと、くるりと振り返って戻ろうとする。
「あ、待って、真木」
引き留めるつもりはなかった。けれど気付いたら口が勝手に動いて真木を制止していた。
「?なんですか?」
真木がまっすぐに自分を見つめている。その視線が心地よい。
「忘れ物だよ」
兵部は少し伸び上がるようにして真木の額にキスをした。
「しょ、少佐?」
「大丈夫。僕は約束を忘れない」
「はい」
短く返事をして頷くと、真木は今度こそ牢を出ていった。
「……真木」
本当はその唇にキスをしたかったのだと言ったなら、今の君はどんな表情を見せただろうか。
しばらくはそれを思い浮かべるだけで、長く暇な拘束時間を潰せそうだと思いながら、兵部はもといた監房のソファへと腰掛けて、大きく一つ溜息をついた。
<終>
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題材[恋焦がれる,忘れ物,飲みこむ,これも全て君のため]
こんなこともあったかもしれないなという過去捏造。