■廊下 Passage■
三歩歩いたら、角を曲がる。さらに五歩進むと、階段の一番下まで辿り着く。そうやって日頃の慣れで暗い廊下を歩き、階段に足をかけた。
「真木?」
「……少佐?」
驚いた。階段の上から、足音もなく兵部が降りてきていた。深夜のこと、廊下に電気をつけるのをためらって暗い中を半ば手探りで歩いてきたせいで視認するのが大幅に遅れてしまったのだ。
「今大使館から戻りかい?」
「ええ。明日は休みなのでこちらで過ごそうかと思いまして」
改めて兵部の姿を見ると闇に溶けるような黒い学生服姿だ。時刻はもう午前三時をまわっているのに、こんな所で昼間と同じ格好をしているとは。
「何か問題でもあったのですか?」
「ん?ああ、ないよ」
「そうですか?」
まだ釈然としないがとりあえず頷いた。一週間ぶりにようやく会えたことに比べると、小さなことだ。兵部はその場で方向転換すると、真木と一緒に階段を上りはじめた。
「……ちょっと」
「はい?」
「君に会いに行こうと思っていた」
「!」
驚いて一歩踏み外すところだった。前のめりになって呼吸を整えていると一歩先を歩いていた兵部が笑う気配がする。
「だ、大丈夫です、仕事で不備はありませんでしたし、どの計画も順調に推移して――」
「僕は計画に会いに行こうとしてたわけじゃないよ」
ぴしりと言われて思わず口をつぐむ。
「君だ、僕が会いたかったのは」
兵部が近づいてくる。頬に兵部の手が当たる。階段の数段上から、唇が降ってきた。真木のそれに触れて、すぐに離れる。
「わかってくれた?」
「はい……」
どうしようもない位嬉しくて、言葉にならない。また兵部はクスッと笑うと真木に言い放つ。
「行くぞ」
「は、い」
どこへ、と問うのは無粋だろう。兵部の部屋の前に辿り着いて、鍵のかかっていないドアを開いて兵部は闇の中で真木を招く。
「今夜は僕の部屋でいいよね、真木」
甘い罠が真木を待つ。
誘われるままに足を踏み出して。
そのドアをくぐるまで、あと一歩。
<終>
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お題:「深夜の階段」で登場人物が「キスをする」、「罠」という単語を使ったお話を考えて下さい。
というお題でした。がんばってみました!
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