■冷たい嘘 liar■
瞼を通して、陽の光が瞳の奥にまで届いている。
まどろみと軽い倦怠感。そして自分以外の人の気配。
思い瞼を開くと目に入ったのは自室の天井で、真木の体格にあわせた海外の医療器具メーカー製のベッドに昼の光が差し込んでいる。そして勿論一人ではなかった。真木の右腕に頭を載せ背を向けて寝息を立てているのは、真木が信望してやまない一人の人物――兵部だ。
今朝方、各支部からあがってきた報告書に目を通しメールで指示を出し終わったところに、タイミングを見計らったかのように兵部がやってきた。もう外は白んでいたため拒んだ真木だったが、それに怒った兵部に問答無用でどこからかテレポートして持ち出してきたESP錠を嵌められ跨られて。引きずられるように夢中になって、全てが終わってようやく手錠から解放された所までは記憶にあるのだが、どうやら真木はそのまま眠ってしまったらしい。
「しょ、――」
少佐、と呼ぼうとして止める。普段から眠りの浅い兵部がせっかく眠っているというのに、起こすのは忍びない。
忍びない、のだが。ふと気付いたら兵部の髪を触ろうとしている自分に驚いて手を止める。
「……何を考えてるんだ俺は」
大体、ついさっきまでさんざんすることをしていたというのに、この上更に何をしようというのか。
独白した後、しばらく手持ち無沙汰だった左腕がついに兵部の肩に触れた。真木にとっては触れた瞬間電流が走るような衝撃さえ覚えたのに、兵部が目を覚ます気配はない。
ままよ、と勢いで背中を抱くように手を廻す。自分の身体の、変化しつつある部分が触れないように気をつけながら。
それでも兵部は起きない。無防備な背中を胸に感じながら兵部の胸に手を這わせると、ようやく兵部が身じろぎをした。
「ん……」
止めなければ。
今ならまだ起こしてすみませんの一言で済む。
理性はそう思うのに、言葉になってくれない。その上、兵部の胸を触る腕も止まらない。
「……真木?」
自分が何をされているのかに気付いたのであろう兵部が後ろを振り向いて真木を見る。少ししか眠っていないので赤く潤んでしまった瞳に見つめられて、口が勝手に言葉を紡ぐ。
「まだ寝てていいんですよ」
「いいって、だって……」
少し顔を染めた兵部の顔に罪悪感が沸く。わかっている。まだ兵部をまさぐる手は動きを止めることなく、もうすぐにでも敏感な蕾に触れそうだ。
やめなければ。謝らなければ。そう思うのに。
「俺が勝手にしてるだけです、貴方は寝ていればいい」
何を言っているんだ俺は。兵部の耳に息がかかるような距離で囁くように不遜なことを言っている自分に愕然としながら、理性とうらはらに欲望が一人歩きを始めている。
「ぁ……っ」
白く小さな耳の裏側を舐めると、兵部の声が悩ましく響くから。
次いで耳朶を噛むと、柔らかい感触とともに兵部の声のトーンも上がった。誘われるように胸に色づく紅色を愛撫する。
「あんっ…!」
感じてる姿を見せまいとしているのか、少し逃げるような体勢になった兵部を執拗に追い、耳の内側を舌で嬲るとくちゅくちゅといやらしい音が部屋に響く。
――何をしているんだ、俺は!
たしかに先の交わりでは手錠が邪魔で思うように動けなかった。けれど決して足りない訳ではなかった。
なのに――。
「ちょっと、待って、真木っ」
「待てません」
羽交い締めにして耳を苛み続けていると、兵部が声をあげる。
「この、ムッツリスケベ!」
「そうですよ。俺はあなたに欲情したんです」
こんなことしてはいけないという思いは、快感に震える兵部の背を抱いているうちに振り切れて、逆になんでもつまびらかにしてしまいたいと思うようになっていた。
「あなたを――してますから」
身勝手な告白はあまりに低い声で囁かれ、兵部の耳には断片的にしか届かなかったと思う。けれど、兵部が身を竦めたのは分かった。そして落胆する。ああ、これは触れてはいけない話題だったのだ。口にしてはならない想いなのだ。
求められているのは体に過ぎないと知っていたはずなのに。それきり真木が手の動きを止めておし黙ると、兵部がおずおずと発言した。
「……本当にそうなら、こんなことしなくてもいいじゃん」
真木から目を逸らし背を向けたままの兵部が拗ねたような声を出すから、どこか意地悪な気分で真木も答えを返す。
「なくても生きてはいけるでしょうね。愛し合ってる実感があれば」
「ひどいな。まるで今は実感がないみたいじゃないか」
「ありますよ。こうしている間は。だから――」
胸をまさぐっていた手で再度胸の尖りをつまみあげながらこね回すと、兵部の身体がびくんと跳ねる。その変化に真木も大胆になって、兵部の足の付け根に手を伸ばした。
「まぎ、やめ――駄目っ」
「――こんなになってるのに、ですか?」
「ク――」
真木が兵部の停止を押し切って熱い塊に触れた時、兵部が小さな声で言った。
「――好きにしろ」
それは果たして非難だったのか。
「わかりました」
短く切り上げて、真木は兵部の身体をすくうようにして方向を向きを変えさせると正面から向き合った。
おかしな男だ、と兵部は思う。
兵部をさんざん嬲りものにしたあげく、全てが済んでみたら一転、真木はひどく肩を落として後かたづけをした後、汚れたシーツを始末しに部屋を出ていった。
新しいシーツの上で仰向けになって一息ついてみると、真木の触れた場所の生々しい感触を思い出しそうになり、ブランケットを引きずり出しながら思考を切り替える。
本当におかしな男だ。あれだけ兵部を好き勝手に玩んでおきながら、そんな自分に対する評価が不当に低いのだ。
兵部に対してそういう感情を抱いたり欲を覚えたりすることをタブーだと思っている。そして兵部はあえてそれを訂正することはない。
陽の光を遮るように額に手の甲を押し当てて呟く。
「君が僕を――してる、なんて言わなければ、僕も優しい嘘をついてあげたのにね」
決して応えられないと分かっていることがらは、触れることも触れられることも禁忌だ。なのに時々、讃えた水があふれ出すように真木の口から苦痛を伴い語られることに、至上の喜びを感じる自分がいる。
「僕も君と同じだよ、真木」
真木に対して抱えた矛盾を忘れられるのは、他ならぬ真木と肌を重ねている時だけなのだ。真木の言葉を借りるなら愛し合っている実感、というところか。――愛?
これは愛かと叫び問いたい衝動にかられながら、兵部はブランケットにうずくまるように体を埋もれさせると、両手で自分の口を塞いで真木の帰りをただ待った。
<終>
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お題:「昼のベッド」で登場人物が「愛し合う」、「手錠」という単語を使ったお話を考えて下さい。
このお題で年齢制限無しにしろというほうが無理な話で・・・(笑)とりあえず「炬燵」でやられた真木さんの逆襲編。
書いているうちに思いがけず心理描写に夢中になってしまいました。gdgdになってないか心配。
あと、こちらのブログのほうは年齢制限無しを目指してますので(その割に今回R15とか言ってみたりしたけど)、背中責めと手錠エロはまた今度ちゃんとした機会に別の手法でやりたいなぁと思わないでもないです。
いつも拍手ありがとうございます!