■偽善の街 town called hypocrisy■
場所はロビエト。モスクヴァの貧民街の一角で、日曜の朝は黒パンとスープが振る舞われる。ここ20年ほどの風習だ。
ここはエスパー貧民街。エスパーを管理しきれなかった当時のロビエト当局は超能力者達を年の一角に閉じこめて隔離する政策をとった。サルモネラ大統領政権以降ここは普通の町となったが、隔離され貧しかった頃の風習はまだ残っている。
季節は冬。葉に真木、そして兵部の三人は近くの廃墟から、炊き出しの行われる教会を見おろしていた。
「教会が新しくなってるね」
葉がそう言うと、兵部が頷く。
「あれから大分経ってからつくられた教会、か」
かつてここには今よりもっと古い教会があった。その当時、三人はここを訪れたことがある。
「前に来た時も冬だったよね」
「あれから来てないのか、葉」
「その言い方、真木さんは来てるの?なんで?」
「エスパー達の受け入れの準備に何度か訪れた」
貧民街にいたエスパー達は普通人との生活を選ぶ者もいたが、それを選ばない者達をパンドラで引き取った。そんな縁のある街だ。
「なるほどね。それにしても、俺は少し気に入らない」
葉が頬を膨らませた。真木が続きを促す。
「何が」
「炊き出し。もうやめちまえばいいのに、あんな風習。もともと始めた奴はもういないんだしさ」
何十年も前にパンを振る舞うことをはじめた者は、もうこの街にも、否、この世のどこにもいない。葉はそれを言っているのだ。
兵部は少し苦笑する。
「善意のリレーってやつだよ。やらせておけばいいさ」
「そこそこ。その善意ってのが、なんか押しつけがましくて気に入らない」
「受け取る側も任意なのだから、いいだろう」
「そうなんだけどさー」
葉はまだ口を尖らせたままで、兵部は苦笑を崩さないまま葉に告げた。
「なっちゃいないよ、葉。自分でもわかってないのに、他人に同意を求めても無駄さ」
「……うん。そうかも」
真木も苦笑を浮かべている。
「葉は、ここが、まったく知らない街になっていて欲しかったのか?」
「そう。うん、そう、そうだよ、真木さんさすが!」
「真木には葉の気持ちがわかるの?」
「あの教会が新しくなる前に何度か来てますからね、かつての教会が壊されるとともにこの街はもう別の街になったんだと、俺も思いこもうとしてました。……今気付いたことですが」
そう言って真木も目を細めた。
以前この街に三人で訪れた時、兵部はまだ牢の中から完全には抜け出しておらず工作のためだけにここに訪れた。その後の真木によるエスパー住民の引き受けも兵部不在下で行われた。
そこには兵部の知らない想いが沢山ある。
「君たちにも歴史はあるってことだね」
「そうなるな。悔しい?ジジイ」
「ジジイって呼ぶな」
兵部が自分をからかった葉の額にデコピンをする。葉は痛いと言いながら笑顔を浮かべていた。
「しかし、寒いですね。ここは寒さを遮るものがないから……」
「そろそろおいとましようか。近くまで来たから寄っただけだし」
「賛成」
一同はもう一度教会を見ると、一斉に宙に浮く。
「さよなら、かつての偽善の街」
葉はそれだけ告げると、二人の先に立ってその場を後にした。
もう二度と来ることのない街に背を向けて、三つの影は飛び立っていった。
<終>
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題材[つくられた,教会,遮る,さよなら]擬人化を取り入れてやってみよう!
同人誌で出した話の後日談の後日談みたいな。タイトルはロストプロフェッツより。ネタと時間が足りないけどがんばる・・・!