■闖入者 Loggerhead turtle■
昼下がりのプライベートビーチに、あわただしい声が響いた。
「ジジイ!おいジジイ!」
「どうした?……って、なんだそれは」
南の島に相応しいハーフパンツにTシャツ姿の真木が葉を海辺で出迎えると、葉とカガリが海から上がってくるところだった。泳げないカガリはショートパンツ姿だが、葉は海に潜っていたのだろう、アクアラングや足ひれをつけたままだ。
それはともかく、二人がかりで重そうな荷物を抱えている。体長1メートルほどに及ぼうかという大きなウミガメだ。
「どうしたい、葉、カガリ、それに真木」
日陰で涼んでいた兵部が、珍しいハーフパンツと開襟の半袖シャツ姿でこちらにやってきた。そして真木同様に二人の抱えているウミガメを見て驚いている。
「葉とカガリが……」
「ジジイ、助けて、こいつどんどん弱ってるんだ」
「なぁに、騒がしい……って、ウミガメ!?……めったなことじゃ死なない生き物だと思ったけど」
紅葉もどこからか駆けつける。興味深そうにウミガメをつついてみたが、ぴくりともしない。
「でも気のせいじゃないんだ、こいつ珊瑚礁のところに流れ着いてきて、みるみる動けなくなってきてて……」
「ジジイならなんとかできるだろ?」
カガリと葉の説明は慌ててはいるものの正確だった。
「僕は獣医じゃないんだけどね。それとジジイって呼び方はやめてくれよ、葉」
兵部は近づいてウミガメに手を当てると、軽く目を閉じる。サイコメトリしているのだ。
「――原因がわかったよ」
と、その手に白いものが現れた。くしゃりと握られたそれは風とともにカサカサと微かな音をたてる。
「ビニール袋……?」
「聞いたことがあるわ。クラゲと間違って食べちゃう動物がいるって」
「これが喉を塞いでたんだ。もう大丈夫だよ」
「……ほんとに、大丈夫……なのか?」
カガリが怪訝そうに手の中のウミガメを見つめる。ずしりと非常に重いそれは未だに動こうとしない。
「心配ならしばらくついているといい。すぐに海に戻ると思うよ。このあたりはこいつの縄張りだから」
「縄張り?」
真木の質問に兵部が頷く。
「こいつらは古の昔から、この海とともにあったんだ」
「ヌシみたいなもの?」
紅葉の言葉に兵部は頷いた。その時、カガリが叫ぶ。
「動いた!今こいつの尻尾が動いたぜ葉兄ィ」
「本当か?」
「もう下ろしても大丈夫なんじゃない?なんならあたしが超能力で持ち上げておいてもいいし」
「いや、下ろしてみる。こいつ、いま手も動かした」
葉がそう言うと二人はこわごわとウミガメを波打ち際に下ろす。残る三人がじっとウミガメを見つめていると、さっきまで閉じられていた目がギョロリと開かれ、こちらを伺っているようにも思える。
「自分に何が起きているのか、わかってるのかしら」
「わかってるみたいだよ」
兵部が頷くと、真木が驚く。
「わかるものなんですか?」
「こいつはわかるみたいだね――しばらくそっとしておいてやろう」
その一言で、一同はウミガメの様子を観察できる近くにパラソルで日陰を作り、思い思いに座り込む。
「ビニール袋一枚で、何十年も生きてきた生き物があっさり死んじまうんだな」
カガリがぽつりと告げると、葉がああ、と言葉を紡ぐ。
「思い知るな、なんか、人間の汚い所とか、エゴとか、そういうのを」
「そうだな」
葉の言葉はよく分かる気がしたので、真木は重々しく頷いた。見ると紅葉も兵部も神妙な顔でウミガメを見守っていた。
そこに、真木があ、と声を上げた。
「動きました」
真木の指さした先を一同が見つめる。五対の瞳が見守る中で、ウミガメはゆっくりと海へと戻っていった。
「――行った、ね」
どこか厳粛な気分で見守っていた一同に兵部が声をかけると、金縛りがとけたように皆が口を開いて話しだす。
「しっかし、重かったな、カガリ」
「何キロあったんだろうね。マジで重かった~」
「葉の超能力で持ち上げればよかったじゃないの」
紅葉が突っ込むと、葉とカガリが盛大に驚いた。
「そっかあ」
「その手があったな!」
「……気付いてなかったのね……」
頭を抱えた紅葉の言葉を、葉とカガリがバツ悪げに、そして兵部と真木は楽しげに、笑顔を浮かべて笑ったのだった。
<終>
-----
題材[古の,珊瑚礁,思い知る,気のせい]
ウミガメはアカウミガメを想定。重さ100キロくらい。葉とカガリでは文字通り荷が重かったかもしれません。