■波間の足音 Footstep■
潮騒に混じって、ざくざくと砂を踏む足音が聞こえる。
「またここに来てたんだね、葉。朝食の時間だよ」
「……京介」
砂の上にシートを敷いて寝転がっていた葉が顔を上げると、夕陽を背に笑う兵部の姿が見える。パンドラのプライベートビーチの入り江、そこの一角にあるこの場所には海水に浸からないとたどり着けないのだが、兵部は学生服姿のまま歩いてくる。どうやら途中まで葉を探して飛んできたようだ。テレポートならもっと近くにまで移動してくるはずだし。
「少佐って呼べって言ってるだろう」
少し苦笑いをする兵部に、葉は起きあがりながら少しむっとして言い返す。
「二人きりの時だけじゃん、いいだろ」
「だから余計にだよ」
「それなら」
手の届くところにまで来た兵部の腕を掴んで、腕の中へ引き寄せる。
「黙らせてみなよ」
何を言われようと黙る気などないが。だって京介は京介だ。ずっと小さな頃からそう呼んできたのだ。
引き寄せられて葉の足の間に膝を立てた兵部の両頬を掴んで、額と額をつきあわせる。兵部の唇が開く。
「黙らせたいんじゃなくて、呼び方を変えて欲しいんだけどね」
「やってみれば?」
どうせ無駄だけどね。葉は心の中でひとり嘯く。
ふっ、と兵部が優しい笑みを浮かべる。と、葉の顎を掴んでその唇を寄せて囁いた。
「他の奴には秘密だよ」
そしてスレスレで接触を止めていた唇を、葉の唇に重ねる。
――波の音が近い。
こんなところで密会とは。
ある意味二人らしい、とても。
与えられたキスを貪るように享受する。
――波の音が。
寄せては返す水音が二人の間で交わされる微かに湿った音をかき消して、なんだか少し物足りない。
唇を離すと、兵部の体を抱き寄せて葉は告げた。
「足りない」
「あのねぇ」
「だって足りないものは足りないんだもの。続きー」
「続きは」
そこで言葉を切ると兵部は体を押し返すようにして葉から離れる。
「食事の後でね」
そっけなく立ち上がった兵部に、唇を尖らせて抗議した。
「ちぇー。どうせその頃には気が変わってるくせに」
「どうだろうね?」
朝の日の光を正面から受ける兵部の顔には期待していた照れも畏れていた偽りも見えない。
息を吐くと、葉もまた立ち上がった。
「約束してよ」
「何を」
「ご飯の後に、また密会しよう――ここで」
「はいはい、わかったよ」
「何その気のない返事!?」
「そんなつもりはなかったんだけど――さ、行こうか。皆が待ってる」
手を引っ張られて空中に引き上げられる。
「……ちぇっ」
「拗ねないの」
兵部の後をついて飛びながら不満を漏らした葉を兵部がたしなめる。
「誰のせいだと思ってるんだよ」
「僕のせいだろ?」
「……わかってるんなら、いいよ」
こうやって、振り回されて飛び回って、捕まえたと思えばすぐに離れていってしまう。
それでも。
肩を並べて飛ぶことができるのは喜びだよな、と葉は自分を納得させたのだった。
<終>
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お題:「朝の海辺」で登場人物が「密会する」、「足音」という単語を使ったお話を考えて下さい。
兵部から見た葉も同じように振り回されて飛び回ってなかなか捕まってくれない相手だということを気付いてないみたいな。