■時計台 Clock tower■
カツカツと足音を刻んで石畳の上を歩いていた兵部が立ち止まって真木に告げる。
「ごらん、あれがかの有名な時計台だ」
「がっかりで有名ですよね」
「……夢がないね、君は。これはこれで風情があって僕は嫌いじゃないけど」
突然だが、今、真木と兵部の二人は函館の時計台の前にいる。
「なんだっていきなり函館観光なんですか」
「んー、函館朝市のイカソーメンが食べたかったから、とか?」
「何故疑問系なんです?じゃあもう食べたので十分でしょう、船に戻って仕事の続きを……」
「夢がないね、君は」
兵部は快活に身を翻すと真木の目の前に来て、真木の鼻を人差し指でつつく。
「昔はどこか観光地に連れて行くたびにあんなにも喜んでいた素直な少年だったのに」
「その少年を引っ張り回して観光地はもういいと思わせたのは誰ですか」
「誰かな?」
指を離して兵部はそらっとぼける。
「時計台だってはじめてじゃないですよ。大分前ですが、葉と紅葉と四人で来たじゃないですか」
「もちろん、覚えてるさ」
兵部は少し不満そうに口を尖らせた。
「ならどうして」
「わかんないかなー」
悪戯っぽく笑う兵部の言葉の真意を、真木は測りかねているらしい。その口から次に出たのはそっけない一言で。
「わかりませんね」
「えっ、ほんとにわかんないの」
兵部が目を丸くすると、真木は首を傾げた。
「何か理由があるんですか?」
「あるさ!」
憤慨した兵部に、意外そうに真木は尋ねる。
「どんな?」
「……そうだ、夕方になったら夜景を見に行こう。それまでどうしようかな、やっぱ五稜郭とか行っとく?」
「どんだけ露骨に話をそらしてるんですか」
「だってさ……」
兵部は真木の横に回ると、口に手を当てて耳打ちした。
「大人になった君と二人だけで来たかったんだもの」
真木は知らないのだ。兵部がどれだけ、真木が大人になるのを待ちわびていたのかを。
それに気付かされたらしい真木が赤面するのを見て、兵部はとりあえずまぁいいか、と思うことにした。
真木のこんな表情を引き出せただけでも、来た甲斐がある。そう思いながら、足は次の観光地へと向かっていた。
<終>
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題材[有名な,足音,翻す,あんなにも~~だったのに]
あんなに一緒だったのに~♪ってのが浮かびましたが内容は全然別物でしたとさ。夜景私も見たいなー。