■地下室 Basement■
体中がギシギシと痛い。殴られたように。否、殴られたのだ。
地下室の冷たい床に転がって、真木は今日我が身に起きたことを振り返る。
紅葉と葉を留守番に残して、真木はとある暴力組織に近づいた。エスパーの少年達を集めて懐柔しているという噂だったので、未来の同士はいないかとそのうちの一人として近づいたつもりだったが、どこからか真木の持っている身分証が偽造であることがバレてしまい、袋だたきにされたあげく地下室へと放り込まれた。
――もう夜になってしまった。
口内の傷から血の味が溢れてきて、床に唾を吐きたい欲求を堪える。そういう下品な行為を彼の養父は好まない。たとえ今は身近にいなくとも。
これからどうしたらいいだろう。後ろ手に手錠をかけられた真木の一番の誤算は、相手がECMとESP錠を持っているかもしれないことを失念していたことだった。超能力者を集めているという噂から容易に推測できたことなのに。
これさえなければ、自力で逃亡することも可能だった。今更言っても仕方のないことだが。
――俺、どうなるのかな。
まずは紅葉と葉が不審に思うだろう。だが二人に真木を救うだけの力はなく、養父――兵部に事のあらましを伝える術もない。
幸運なのは真木が力を発揮する前にESP錠で拘束されたから、真木の能力全てを相手が把握してないことだ。そこにつけいる隙がないか――そう思っていると、地下室の戸が開かれた。
「よう、糞餓鬼」
赤いシャツに茶髪のチンピラ風の男が肩をいからせて地下室に入ってくる。その後ろには髪を短く刈ったアロハシャツの男がついてきている。二人の地位は赤シャツが上司で、アロハがその腰巾着だった。
「超能力なしにずいぶん暴れてくれたな。おかげでこいつが部屋の掃除が大変だって、よっ!」
「ぐうっ!」
何の前置きも無しに真木の腹部に赤シャツの蹴りが命中する。血の味とは違う苦いものが口内に滲む。
「ちったあ殊勝に泣いて命乞いぐらいしてみたらどうなんだ?アァ?」
「……」
真木は無言で男を睨み付ける。まだだ。まだ弱音を吐くほどの苦痛ではない。
どうにかして男の油断を誘えないか――そうして赤シャツの後ろに隠れていたアロハシャツの男が何か言いたげにしているのに気付く。
「はン??」
真木の視線を追って赤シャツがアロハシャツの男に目線を合わせる。
「どうした、ミツオ」
「いや、やりすぎじゃないっすかね」
「ハァ?何言ってんだ、コイツにゃハチもクロも痛い目あわされてんだ。まだまだ足りないぜ」
そして威嚇の意を込めて真木の頭のすぐ脇を思い切りダン!と音をたてて踏む。
「ですが……」
「なんだ?俺のやりかたに不満があるってのか?」
「だって――」
その時だ。ミツオと呼ばれたアロハシャツの男が足を高く掲げると、空間を踏み抜くように赤シャツの胸をかかとで蹴ったのは。
「なっ……?」
「ぎゃあああ!!」
カエルのような声を出して赤シャツが背中から地面に倒れ、もんどり打つ。どうやら鳩尾に命中したらしい、呼吸するのも辛そうだ。
「だってこの子は、僕の大切な子供だからね」
「ぐはっ……!」
仰向けになった赤いシャツの胸を、わざと同じ場所を狙って踏みつけているその者の姿は――
「――京介!」
「やあ、真木。大丈夫かい?悪かったね、ヒュプノで様子見なんかしないでまっすぐ牢にテレポートすればよかった」
言いながら兵部がつま先で赤シャツの頭を軽く蹴ると、力無くごろりと転がった。気絶したらしい。
アロハシャツのおどおどとした男だったはずの姿はすらりと伸びた手足に銀の髪の、学生服姿の少年へと変化していた。
「どうして、ここが……」
「うちに司郎をサイコメトリできる物なんていくらでもあるよ」
「……そっか」
会話を交わしながら真木のESP錠を兵部が破壊する。真木は自力でその場に立ち上がった。
「心配かけた?」
「久しぶりにうちに戻ったら司郎が戻らないって二人が泣きそうになってるんだもの。それはもー、心配したよ」
寂しげな哀しげな兵部の笑顔を見たら何故か胸が締め付けられるように苦しくなった。怪我の痛みではない。身体を巡って目の裏が熱くなる。
「ごめん、京介」
涙をこらえていることに兵部はとうの昔に気付いているらしく、真木の服装を正しながら言うには。
「つよがる必要なんてないのに」
「つよがってなんかない!」
嘘だった。本当は精一杯強がっている。けど認めたら――とにかく色々と都合が悪い。
「そんな所も、まあ司郎だよね――うん、大きな怪我も傷もなさそうだ。打撲だけだね。じゃあ」
真木にかざしていた手を差し伸べる。
「?」
「うちに帰ろう」
「――うん」
真木は素直にその手を取る。また熱いものが瞳にこみあげてきたのをぐっと堪えると、闇の中、テレポートの直前に、兵部がかすかに笑う気配がした。
<終>
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お題:「夜の地下室」で登場人物が「つよがる」、「傷」という単語を使ったお話を考えて下さい。
真木司郎少年18歳くらいの。まだまだ若いから失敗もしただろうな~とか思っていたらこんな感じに!このお話のキモは兵部が真木達のいる場所を「うち」と言っているところなのでした。
お返事