■鯨 Whale■
カタストロフィ号は船であるからして、普段は水面に浮いている。
外海に出ると、様々な生き物を見ることもできる。
今日の珍客は――
「みんな来て!クジラよ!」
とリビングにいた者に紅葉が声をかけると、一同は競うように甲板に向かった。
「おっと」
途中で兵部が真木にぶつかりそうになる。
「どうしました、しかも皆で」
「クジラがいるんだってさ、真木も見に行かない?」
「ほう」
イルカは珍しくないが、クジラはなかなか珍しい。しかも皆のこの反応からして、なかなかの大物と見た。
「行きましょう」
「そう来なくちゃね」
お祭り好きな兵部は真木の手を掴んで、引っ張るように甲板へと出てくる。
皆が集まっているところから少し離れた場所で手すりから乗り出すように海面を見ると、船と同じ方向に同じペースで泳ぐ巨大な生き物が水面近くを泳いでいた。
「ずいぶん大きいな。シロナガスクジラかマッコウクジラか?」
「解説してくれる人がいればなー」
どうやら兵部も種類まではわからないらしい。
「テレパスで会話できないんですか」
「君は犬に英語を教えられるかい?」
「……無理ですね」
と、その時葉が声を張り上げた。
「見ろ、あれ!子供だぞ!」
一同がどよめく。真木達も顔を見合わせてから再度水面を覗き込むと、体長25メートルを超えるであろうクジラの脇を、7~8メートルほどの個体が泳いでいるのが確かに確認できた。
「クジラってさ、イルカより全然潜水時間長いんだよね」
ぽつりと兵部が呟いた。
「そうなんですか?」
「うん。で、何時間も水中にいてさ、空気を吸うためだけに海面に戻ってくるんだ」
「なるほど」
ふいに兵部が真木に寄り添う。皆は海面に集中しているため気付く者はいない。
「少佐?」
「刑務所にいた時、僕もそんな気持ちだった。君たちの笑顔を見るためだけに水面に上がってきて、またすぐ海底に潜って――」
頭を真木に預けて、兵部は言葉を続ける。
「君たちといる時だけ、深呼吸出来た」
「……そうですか」
「うん」
それきり、兵部が口をつぐむ。
「もう、潜らなくていいんですよ。貴方は好きなだけ深呼吸すればいい」
「……そうだね」
真木が兵部の頭を抱くと、兵部は真木の肩口に鼻先をこすりつけて、満足そうに目を閉じた。
「潮吹いたぞ!」
「すげー、大迫力!!」
皆の喧噪は、まだまだ続きそうだった。
<終>
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題材[寄り添う,くじら,どよめく,●してくれる]
たまには兵部さんが子ども達を欲してもいいじゃない!とか思ってみたり。お題がちょっと難しかったですハイ。