■珍しい日 Unusual day■
ダイニングで一人コーヒーを飲んでいると、兵部がやってきた。
「あれ、葉」
「少佐。ダイニングに来るなんて珍しい。いつもは――」
そこまで言いかけて気付く。いつもは兵部のコーヒーは真木が煎れていたから、自分から飲みに来るなんてことは少なかったのだ。
そう、いつもは。今は真木は任務で留守にしている。明日には戻るということだったが、兵部もペースが掴めないのか、小わきに本を抱えていたりする。
「いつもは、何?」
葉の機嫌が少し斜めになる。そんなこと百も承知で兵部は葉に聞いているに違いないのだ。
「わかってるくせに」
「わかんないよ、それだけじゃ」
「真木さんいなくて寂しいねってこと!」
ドン!と音を立ててテーブルに肘をついて、乱暴な仕草で手に頬を当てる。視線は兵部からそらしている。
「そうだね」
「素直じゃん」
「そうかな?作戦かもよ?」
コーヒーの入ったカップをテーブルの脇に置いた兵部に、葉は口を尖らせた。
「なんの作戦よ」
「んー、葉に慰めて欲しいと、僕は思っているかもしれないよ?」
兵部はテーブルごしに乗り出すようにして葉の顔を至近距離で覗き込む。
「……また外に放り出す気かよ」
以前、今と同じように真木のいない日に、兵部にコナをかけたことがある。が、その時はあっさりとテレポートで船の外に放り出されてしまったのである。雲の上を飛ぶカタストロフィ号から。
「夢見がちな少年には厳しい現実だったかな?」
落下しながら我に返った葉が超能力を駆使して船の甲板から船内に戻る頃には、兵部も当然もとの場所にはいなかった。
「トラウマだよあんなの」
などと言いながら、兵部の漆黒の瞳がすぐ目の前にあるということに照れを隠せず、つい乱暴な言い方になってしまう。
「……」
兵部は無言だ。と思うと、兵部は葉の頭を軽く引き寄せると、頬にキスをした。
「――はい?」
葉は自分がされたことが一瞬よくわからなくて目を点にした。が、兵部はといえば。
「じゃあ僕は今日中にこの本読み終えてしまいたいからまたね、ご機嫌よう~」
などと言ってカップを持ち、さっさと葉に背を向けてダイニングを出ていってしまった。
「……なんなんだよ」
押せば引くし、引けば押してくる。さっぱりわからない。
わかっているのは――
頬に残る唇の感触が間違いなく現実だということだけだった。
<終>
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題材[夢見がちな,トラウマ,引き寄せる,ご機嫌よう]
「雲上のラウンジ」の続きみたいな。
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