■入浴剤 Bath Fragrance■
カタストロフィ号の中で「温泉の素」が流行っている。平たく言えば入浴剤なのだが、いつだかゆず湯をやって以来、女性陣で大浴場の湯を温泉もどきにするのが流行り始めた。
なので。
「今日は登別カルルスか」
「俺好きー」
そんな台詞が葉と真木の間で交わされる程度には浸透していた。普段は掛け流しだが最近は溜めている。
「葉は意外と風呂好きだな」
「意外とってなんだよ」
「こんな朝から風呂に入りたがるほど好きだとは思わなかった」
「それを言ったら真木さんだって、なんで今頃風呂なのさ」
そんな会話を交わしながら二人きりの脱衣所から洗い場へ移る。入浴剤のいい香りが湯気に乗って届いてくる。
「昨日の大使館での打ち合わせが長引いて、さっき帰った」
「それは、お疲れ様です」
丁寧にお辞儀をする葉の頭をくしゃくしゃと撫でると葉が吃驚して瞳を丸くする。
「気遣い感謝する」
「どういたしまして。かくいう俺は昨日ゲームしたまま寝落ちして風呂に入り損ねたんだけどね」
「……少しは交換してほしいな」
げんなりとした言い方が妙に真剣みが強くて、葉は思わず笑いながらも茶々を入れる。
「え、俺もロビエト大使館の仕事していいの?」
「やっぱりやめておく」
「なんだよー」
「お前に仕事を割り振るのは不安だと言って欲しいのか?」
「……はーい。わかりました、もう聞きませんー」
葉が両耳を覆う仕草をすると、真木が笑う。
「嘘だ。そのうち仕事を頼むと思うが、その時になったら任せるからな」
「ラジャー!」
などと青い瞳を輝かせ嬉しそうに敬礼しながら、葉は真木の後ろに回り込む。
「なんだ?」
「まーまー。お背中流しますよ、お疲れ様の補佐官殿」
そう言ってごしごしと真木の背中を洗いはじめる。真木はくすぐったそうにしながらも、葉の好きなようにさせていた。
カタストロフィ号の朝は、今日も平和だった。
<終>
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お題:「朝の温泉」で登場人物が「頭を撫でる」、「瞳」という単語を使ったお話を考えて下さい。
背中を流される真木さんが見てみたかったのでつ。