■雷光 lightning■
空気は湿り気を帯び風は強さを増してくる。雨が近いのだ。
都心にあるとある建物、つい先刻ちょっとしたトラブルでバベルの介入を余儀なくされた研究機関のものである。
「ケッサクだったな~」
建物の屋上の更に上にある給水塔に腰かけながら、兵部は一人でくつくつと思い出し笑いをする。
今日の「トラブル」は傑作だった。ハエ男に脳を乗っ取られたザ・チルドレン運用主任の思いもかけない間抜けな姿は、何度思い返しても笑いがこみ上げてくる。
「なのになんだよ。真木のやつ」
事件が終息に近づいたのを見届けてから葉に探し当てられてパンドラのアジトに帰ると、真木はカンカンに怒っていた。
たしかに予言では生物汚染――バイオハザードが起きるとなっていて、いかに兵部といえどどんな影響を食らわされるかわかったものではないので近づくのは危険だというのはわかる。ただその主張があまりに正当すぎて逆に不興を抱いてしまって、ふらりと様子を見に来たらトラブルの真っ最中。多少の危険――蕾見不二子に見つかる可能性など――はあったものの無事にアジトに戻ったというのに、一同からは非難の嵐。それがあまりにつまらなかったのでまた飛び出してきた、という訳だ。
身を切る風は強さを増してきていて、もういつ降り出してもおかしくない。遠くで雷が鳴っている。雲間に稲光も時折かいま見える。
つまらない。なんだか天気まで真木たちの味方をしているようだ。
「さて、どうしようか……」
このまま意地を張ってここにとどまって風邪でもひいたら間抜けにも程があるというものだし、かといって行きたい場所もない。
その時ふいにかけられた声に、既視感が兵部を襲った。
「なーにやってんスか、アンタは」
この声、この台詞、ついさっきも聞いたばかりだ。
振り返ると宙に浮いた葉の姿があった。
「探しましたよ――またここっスか」
先刻アジトに戻る前にここに迎えに着たのも葉で、寸分違わぬ姿で同じ台詞を投げかけてきている。
「それさっきも聞いた。どこだっていいじゃないか」
「いやマジ探したんだから。もう勘弁してくれよ、あの程度の説教で」
「お説教は嫌いだ」
「そりゃ俺も好きじゃないけど、真木さんたちの言うことにも一理あるし。ついでにアンタ探すハメになった俺の苦労も労って欲しいっす」
「……悪かった」
しぶしぶ非を認めると、葉が苦笑する。
「――なんでまたここに戻ってきたんスか」
「さあねえ」
理由なんて特にない。バベルの介入は終わって現場は立ち入り禁止になっているし、周辺に特にめぼしいものもない。
「ここに来れば君がまた見つけてくれる、とでも思ってたのかもしれないね」
「それはあれ?俺を待ってたって訳?」
「かもねえ……なんだよ」
「いや別に」
葉は胡乱げなじっとりとした目つきで兵部を見ていたが、一息つくと表情を明るいものへと変えて告げる。
「さ、帰ろうぜ」
心中の感情はなるべく透視まれないように、葉は心を閉ざして手をさしのべた。
――本当に待っていたのは真木さんじゃないの、という問いかけを飲みこんで。
<終>
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お題:「夕方の屋上」で登場人物が「見つめる」、「雷」という単語を使ったお話を考えて下さい。
兵部さんは普通に思われるだけじゃ物足りないと思ってそうなところがあるなーとか妄想してます。真木さんはなかなかそれに気付けないんだけど葉ちゃんは末っ子特有の要領の良さでひそかに気付いてるといいな、とか思ったり。