カガリと葉でほのぼののようなしりあちゅのような。
■発火能力者の憂鬱 pyrokinesis■
発火能力者(パイロキネシス)が必要ということで、今回の任務にはカガリも動員された。場所はとある地方の山間部。船を繋留してある港から遠いので、ホテルをとってある。
そのホテルのシャワールームからバスローブを羽織って葉が部屋に戻ると、同室のはずのカガリの姿がなくなっていた。
「ジュースでも買いに出たのかな?」
自分も何かコーヒーでも飲もうと備え付けの湯沸かし器に水を注いで電源を入れると、ベランダに続く窓が僅かに開いているのに気付いた。すかさずその隙間に手をかけて窓を開けると身体をベランダへとすべりこませる。
「カガリ、そこにいるのか?」
「葉兄ィ」
ベランダに出てすぐのところにカガリは手すりに身体をもたれさせるようにして立っていた。今は振り返って葉の姿に目を丸くしている。
「何て恰好してんだよ、ここ3階で外からすぐ見えるんだから、ちゃんと着換えろよ」
言われて自分の姿を見返してみればバスローブのあわせは適当で、下には当然なにもつけていない。
「いいじゃん、別に」
と良いながら一応バスローブの前をきちんと閉じてカガリの隣に並ぶと、ふぅ、とカガリが遠くを見て溜息をついた。
「何考えてんの?何考えてたの、かな?」
「逃げたい」
「ハァ?」
葉が問い返すと、カガリは手すりの上の自分の腕の上に頭をもたれさせた。
「そりゃあ俺の能力が必要って言われたら嬉しいよ?でも緊張するじゃん!」
くぐもった声で愚痴を吐くカガリに、葉は素直に思ったことを口にした。
「……驚いた」
「何が」
「血の気の多いカガリのことだから、てっきりノリノリかと」
「勿論その場になったらハイテンションになるのはわかりきってるんだけどさ、こうやって待機してる時が一番不安つーか、つまり逃げたい」
「なるほど」
期待される事は時にプレッシャーになる。求められた分の働きができなかったらどうしようと考えるのも仕方のないことなのだろう。
「葉兄ィは脳天気だからこういうふうな気持ちわかんないかもしんないけどさ」
「うん、なったことないな」
「……同意を求めた俺がバカだった」
「なったことはないけど、まるきりわからないとは言ってないだろーが」
寄り添うようにカガリの横に立つと、その頭を自分の胸に引き寄せる。カガリはされるがままだった。
「もし本当に嫌になったら、俺が鳥になってお前を連れて逃げてやるからさ」
カガリはこれ以上ないくらいに目を見開いて葉を見つめた。どうやらとても驚いたらしい顔をしている。
「どうしたんだよ」
「……葉兄ィがそんなこと言うと思わなかったから。だってそれって、パンドラから逃げるって事だろ?」
「そうなるなー」
「いいの?」
「よくはないと思うけど、今の俺は、その程度にはお前の力になりたいと思ってるよ」
引き寄せた頭を撫でると、カガリの長い髪が揺れる。深夜の外気にさらされて少し冷たい。カガリは小さく頷くと、葉の手に自分の手を添えた。
「……サンキュ」
「どういたしまして。ところで、コーヒーでも飲まない?冷えただろ?さっき湯沸かしてきたから、そろそろ飲めると思うんだけど」
「いいね」
カガリが葉の提案を受け入れると、葉がポンポン、とカガリの頭を二度軽く叩いて、先に部屋に戻ってしまった。
――嘘だ。
カガリは思う。葉がパンドラを、少なくとも兵部を置いてどこかに逃げるなんてできるわけがない。
それでも。
――嘘でもいい。
一時の気の迷いでも、自分を慰めようとしての詭弁でも、嬉しかったことに変わりはない。
カガリは開け放たれたままの窓からホテルの部屋の中に入ると、後ろ手で窓を閉めて、コーヒーを煎れている葉の姿を見つめていた。
<終>
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お題:「深夜のベランダ」で登場人物が「見つめる」、「鳥」という単語を使ったお話を考えて下さい。
やさしさゆえの残酷な嘘というのがあるわけで。自覚がないとなお哀しい。でもいいじゃない。という話。
いつもありがとうございます!