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hyoubutter short story

hyoubutterのショートショートストーリー集
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プールサイド poolside


プールサイドで真木兵部。本誌さぷりめんとネタが少し入っています。


■プールサイド poolside■

 カタストロフィ号の甲板にはプールがある。が、本当に暑い日のプールは名目上禁止されている。名目上というのはつまるところ真木の目の届く範囲では、という意味であり、実際は兵部の「そんなん自分で考えなよ」というリベラルな意見に基づいて、いつでもプールに入れる状態になっていたりする。
 その日の天気は曇り空だった。が、湿度は高い。こんな日は得てしてプールも混みがちだが、今日は珍しく一人だけ、兵部がパラソルを掲げたチェアでくつろいでいるのみである。珍しく学生服ではなくショートパンツに半袖シャツ姿だ。下は水着なのかもしれない。いや、きっとそうだろう。
「少佐」
「どうした、真木」
「どうしたじゃありません!取引は今日の午後ですよ?そんなのんびりしてて……」
「僕らがここで気を揉んでたとしても取引はうまくいくときはいくし、いかない時はいかないさ。それとも君はマッスルの能力を疑ってるのかい?」
「そ、そういうわけではありませんが……」
 兵部は長いす状のチェアから身体を起こして座り直すと、真木にも隣に座るように促した。素直に応じる真木に、兵部は向き直ることなく両膝に肘を立ててつまらなそうに声を発した。
「何か有事の際のために僕がこうやって船にいるんじゃないか」
 それは確かに。気が向けばいつでも瞬間移動一つで外出してしまう普段の兵部を鑑みるに、待機しているぶんだけでも真剣なのかもしれない。
「……すみません、少し神経質になっていたみたいです」
 素直に真木が非を認めると、兵部が苦笑しながら顎を両手に載せた姿勢で視線を動かし真木を見た。
「君が書いたシナリオに沿って会談は進められる。そこに穴なんかあるわけないだろう?あったとしてもそれをカバーできないマッスルじゃない。でなきゃロビエト大使なんてやらせたりしないよ」
 マッスルはパンドラにおいては古参に入る。新人教育はマッスルに限る、と葉が常日頃から言っているとおり、マッスルはそこそこの人心掌握術と交渉力と面倒見の良さを併せ持っている。ロビエト大使は大抜擢だったが、結果として大成功で、今までも数々の取引を成功におさめ、交渉を合意に導いてきた。
「そうですね。……俺の出番がないくらいです」
「……」
 兵部は呆気にとられたような顔で真木を見ていたが、やがて真木が補佐官として誰よりも近くでマッスルの活躍を見ていることに思い当たる。どうやら、少なからず真木は自分と比較しているらしい。
「誰でも得手不得手があるさ。君たちはいい組み合わせだと思うけど?」
「勝手にコンビにしないでください」
「ほんとほんと、君らが組んだらロビエトの外交問題のほとんどを解決しちゃうかもしれないね」
 上半身を起こして大げさに肩をすくめて見せたが、真木は硬い表情をしたままだ。
「マッスルなら一人でも可能かもしれませんね」
「真ー木ー」
 どうもこれは重症だ。兵部はあえて幼い子供にするように、真木の頭に手を当てるとその髪を流れに沿って優しく撫でた。
「……少佐?」
「嫌なら、やめてきてもいいんだよ?もともと君がマッスル一人だと心許ないからって補佐官になってついていったけど、僕はそんなつもり、少しもなかったんだから」
「あのときはそれが最善だと思ったのですが」
 今は――きっとわからなくなっているのだろう。真木にはパンドラでの仕事とロビエト大使館の二つを渡り歩くという重責につかせてしまっている。疲れてくると、人はいつしか自信をなくす。そうなる前に、真木に伝えなければ。
 と、当のマッスルから言われていたことを思い出して兵部は席を立つ。
「――少佐?」
「ちょっと飲み物を取ってくるね」
 真木がチェアの前のテーブルを見ると、兵部の飲みかけであろうグラスは氷が溶けきってしまっていてとてもではないが飲めそうにない。プールサイドのバーカウンターを過ぎて、兵部は船内へと入っていく。
 氷が切れたかな、とも思うがそれを確かめに行くのもおっくうだ。実のところ、真木には自分が少し疲れている自覚はあった。極力、真木でなくともできる仕事は他人に割り振っているが、真木自身が動かないとどうにもならない案件は多い。反面、ロビエト大使の補佐の仕事は気苦労が耐えない。わかっていたことなので表に出したりはしないが、兵部にはすっかり見透かされているようだ。兵部の心配する目線が心に刺さる。兵部に撫でられた場所から自分の髪を無意識に梳きながら、また落ち込みそうになって、兵部に心配してもらえることは光栄なことだと自分を鼓舞する……が、うまくいかない。
 ため息をひとつついた所に兵部が戻ってきた。
「はいこれ」
 兵部がテーブルに置いたのは二本の缶コーヒーだった。どちらも同じ銘柄で、真木もよく飲む、どこにでもある缶コーヒーだ。
「どうしたんですか」
 キッチンからアイスコーヒーを取ってくるならわかるが、こんな缶コーヒーがカタストロフィ号に積んであったこと自体が意外だ。
「マッスルから、君の好物だって聞いたんだけど、違った?」
「……あいつ……」
 実際しょっちゅう飲んでいるが、大使館の自動販売機にはコーヒーはこの銘柄一つしか置かれてないのだ。決して好物というわけではない。
「大使館にはこれしかないんで、いつもこれを飲んでるっていうだけで……」
 もっと濃い味の、そして砂糖もミルクも入っていないもののほうが真木は好みだった。
「なあんだ、マッスルったら気を利かせたつもりでそんなことだったなんて思いもしなかったんだろうなあ」
「ですね」
「まあそういうことだよね」
「はい?」
 兵部が自分の分に手をかけたので真木も缶を開けたが、兵部は玩ぶだけで飲もうとはしない。
「誰にでも得手不得手があるってこと。あれだけ男の馬鹿さと女のズルさを知っていると豪語するマッスルだって、同性の君のコーヒーの好みひとつすら本当は分かってない」
「……」
「かくいう僕も君をマッスルの補佐に行かせたのは失敗だったと思ってるけどね」
「え?」
 真木が聞き返すが兵部はそれを無視して缶のプルタブをカチ、カチと開けずに何度もひっかけては放している。
「おかげで暇を持てあましてネットワークゲームであいつと対戦したりするハメになる」
「ネット??」
「勝負とスリルを楽しむゲームを少し、ね。けどゲームだ、|現実≪リアル≫じゃない。僕は――」
 そこで一度言葉を切ってから、真木に向き直る。
「君がいなくてつまらなくなってしまった」
「それは……どういう……」
「言葉通り、さっき言ったとおりさ。君をマッスルにつけたのは失敗だった。君は僕の隣にいるべきなんだよ」
 プシッと小さな音をたててついに兵部がコーヒーのプルタブを開けて缶を口に運ぶと、手持ち無沙汰だった真木もそれを真似て口を付ける。二人同時に発した言葉は――
「苦い」
「甘い」
 バラバラで、しかも逆の感想だった。
「えー、苦いだろ、これ」
「甘いですよ」
 思い切り顔をしかめる兵部と、心底意外だと思っている真木と。
 二人して缶コーヒーを手に持ったまましばらく沈黙が続くと、いつの間にかクスクスと笑いあっていた。
「本当に、苦いものが苦手ですね少佐は」
「そんなことないさ。君こそ味覚がどうかしてるよ」
 そして恋人達がするように、真木の肩に自分の肩を当てて、その上に兵部が頭を預ける。
「ああもう本当に、君をマッスル付きの仕事から下ろしてしまおうかな」
「いえ。やりたいと言い出したのは俺ですから、最後までやらせて下さい」
「君がそう言うなら止めないよ。でも」
 肩口から首筋へと頭をすり寄せて兵部は言葉を続ける。
「今日はもう大使館に戻らなくてもいいんだろう?」
「ええと……はい、マッスルがうまくやってくれれば、ですが」
「じゃあここで待ってよう。良い連絡が来るのを、さ」
「はい」
 兵部の頭を真木の掌が覆う。大ぶりな手が銀色の髪を撫でる。
 首を少しだけ傾けて兵部の顔を伺うと、満足そうに瞼を閉じている姿がそこにあった。

                                   <終>
 

-----
お題:「昼のプール」で登場人物が「髪を撫でる」、「缶コーヒー」という単語を使ったお話を考えて下さい。

こんなんできました。たまにはエロには繋がらない流れも悪くないかなと思い立ち。缶コーヒーがくせ者でした。どう絡ませたらいいのか分からなくてトホホでしたが。な、なんとかこぎつけたよ?ぜいぜい。

良ければクリックしてあげて下さい。喜びます。

 

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