■読み聞かせ listening■
訓練が終わりあとは夕食を待つ蕾見邸の中を、本を小わきに抱えた宇津美が階段を登っていると、上からバタン!と大きな音がした。
「?」
どうやらドアを乱暴に閉めた音らしい。閉めた本人らしき足音が近づいてきて、階段を登り切ったところでばったりと小さな影とはちあわせる。
「京介か」
「宇津美さん!」
何事があったのか、京介は顔を真っ赤にして、今もそれを隠そうと右手の袖を顔に当てている。
「どうしたんだい?顔が真っ赤だよ」
「なんでもない!」
そう言いながらもう片方の手も頬を隠すようにする。その時、廊下の向こうから少女の浪々とした声が聞こえた。
「京介、もうしないからいらっしゃい。……恥ずかしがり屋なんだから」
そして部屋の中に戻って扉を閉める音がする。どうやら不二子と一緒にいたらしい。
「ケンカでもしたのかい?不二子くんと」
「だから、なんでもないですっ!」
京介は口を尖らせたが、宇津美は笑いを隠そうともしない。
「京介は嘘が下手だね」
「……ちぇ」
京介ははぁ、と大きく深呼吸をした。
「不二子さんが……」
「うん」
「入院してた宇津美さんに快気祝いで差し入れするっていう本を、僕に……読み聞かせを」
「?それがどうかしたのかい?」
宇津美が聞くと、兵部は赤面を通り越して耳まで真っ赤になる。
「その……本が、ちょっと、刺激的で……」
「……ああ!」
なるほど。宇津美は納得する。不二子は早熟で、しかも悪戯っ子だ。大方官能小説の類でも買ってきたに違いない。そんなものを読み聞かせなどされたら、思春期の少年には刺激が強すぎるだろう。
「まったく、そういう本を持ち込むなといつも言っているのに。僕からも何か言っておくよ」
「お願いします!」
京介の表情が必死すぎて、宇津美はまだ笑いを止めることができない。京介はそれが気に入らないらしい。
「宇津美さん、笑いすぎですよ」
「いやぁ……だって、ねえ」
むしろそういうものごとに積極的になるべき年頃の京介がこの純情さで、屋敷のお嬢様のはずの不二子が積極的だなんて、面白いに決まっている。
「そもそも宇津美さんに買ってきた本だって話なんですから」
「やれやれ、わかったよ」
宇津美は京介の頭に手を載せると、そのままゆっくりと髪を撫でた。
「?」
「もうすぐ夕食だよ、先に着換えて食堂に来るといい」
「あ、はい」
京介は一歩下がると宇津美に敬礼して、階段を下りていく。
「さて、どう言って注意したものか……」
けど、その前に。さっきまでの京介の反応について伝えてあげよう。
そのほうがきっと、不二子は喜ぶはずだから。
<終>
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お題:「夕方の階段」で登場人物が「ケンカをする」、「本」という単語を使ったお話を考えて下さい。
帝国軍人時代。お題で「本」と言われて宇津美さんしか浮かびませんでしたハイ。
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